「仮想敵」という言葉に躊躇を覚える時代に、チームビルディングを考える ── 仮想敵・教材・外部参照をめぐる、ある営業所長との対話をきっかけに

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はじめに|なぜ今、あらためて「仮想敵」を考え直すのか

最近、組織やチームが少し伸び悩んでいると感じているリーダーの方々と話をする中で、
「仮想敵」という言葉を使う機会が増えています。

チームビルディングの観点で見ると、
チームの方向性を揃えたり、目的意識を持ちづらいメンバーの視線を外に向けたりするために、
仮想敵という考え方は、今も一定の有効性を持っていると感じています。
実際、この考え方によって、チームの空気が変わり、動き出す場面を何度も見てきました。

一方で、最近はこの言葉に対して、どこか引っかかる感覚を持つようにもなりました。
「仮想敵」という表現は、今の時代感や価値観と、少しズレ始めているのではないか。
あるいは、「ライバル」という言葉でさえ、受け取り方によっては不要な緊張や対立を生んでしまうのではないか。
そんな違和感です。

そもそも、私が本当に目指しているのは、外部に基準を置かなくても、
チームが自分たちで考え、修正し、前に進んでいける「自走している状態」です。
その意味では、仮想敵という考え方そのものも、チームの成長につれて必要がなくなるものだと考えています。

とはいえ、仮想敵という考え方そのものを否定したいわけではありません。
問題なのは手法そのものではなく、
その言葉が今の組織やチームに、どのように届いているのか、という点だと感じています。

この記事では、
なぜ仮想敵という考え方がチームビルディングにおいて機能してきたのかを整理しながら、
今の時代や組織のあり方に合わせて、この考え方をどのような言葉に置き換えられるのかを考えていきます。

仮想敵を手放すための記事ではありません。
むしろ、チームを前に進めるために使ってきたこの考え方を、
今の環境に合わせて、あらためて翻訳し直す。
そのための思考整理として、ここに書いてみたいと思います。

第1章|仮想敵は、なぜチームをまとめるのか

チームの調子が上がらないとき、現場ではさまざまな兆しが見えます。
個々は真面目に取り組んでいるのに、力が噛み合わない。
会議ではそれらしい話は出るものの、決定打に欠ける。
どこか「自分ごと」になりきらない空気が漂っている。

こうした状態の背景には、
チームとしての視線が、内側に向きすぎているという問題があります。

自分たちのやり方は正しいのか。
誰がどこまで頑張っているのか。
評価は公平なのか。

問いの矢印が内向きに集まりすぎると、
チームは次第に動きづらくなっていきます。

ここで機能するのが、「仮想敵」という考え方です。

仮想敵とは、誰かを攻撃するための存在ではありません。
チームの意識を、いったん外に向けるための支点です。

「あのチームと比べて、私たちはどうか」
「外から見たとき、今の自分たちはどう映っているか」

こうした問いが生まれることで、
バラバラだった視線が、少しずつ同じ方向を向き始めます。

心理学の文脈では、人は自分が属する集団を意識した瞬間に、
「私たちは何者か」という感覚を強めると言われています。
外部との比較が生まれると、
内部の違いよりも「共通点」に目が向きやすくなるのです。

チームの黎明期や停滞期において、
仮想敵が有効に機能するのは、このためです。

まだ共通の価値観や判断基準が育っていない段階では、
内部だけで問いを回そうとしても、どうしても限界があります。
だからこそ、一度外に基準を置く。
それによって、チームの輪郭をはっきりさせる。

この意味で、仮想敵は
未成熟な組織にとって、ごく自然に立ち上がる装置だと言えます。

ただし、ここで一つ補足しておきたいことがあります。

仮想敵が「強いから」チームがまとまるのではない、という点です。
大切なのは、その存在が、
メンバー一人ひとりに
「比べてみたい」「負けたくない」と
自然に思わせるだけの質と距離感を持っていることです。

あまりにも遠すぎる存在では、現実味がありません。
逆に、明らかに格下の相手では、競争心は生まれにくい。

手が届きそうで、少し悔しい。
工夫や努力次第で追いつけそうだと感じられる。

そのくらいの距離にある、質の高い存在であることが、
仮想敵として機能するための重要な条件になります。

ここまでを見ると、
仮想敵という考え方が、これまで多くの組織で使われてきた理由も、
それなりに説明がつくのではないでしょうか。

ただし――
この手法には、使いどころがあります。

次の章では、
仮想敵そのものではなく、
それに頼り続けたときに起きる問題について整理していきます。

第2章|問題は「仮想敵」そのものではない

ここまで見てきたように、
仮想敵という考え方には、チームを前に進める力があります。
方向性を揃え、視線を外に向け、
チームとしての輪郭をつくるうえで、確かに機能してきました。

それでも、「仮想敵」という言葉に違和感を覚える人が増えているのも事実です。
そしてその違和感は、多くの場合、
仮想敵そのものではなく、その使われ方に向けられています。

仮想敵があることでしか動けない。
敵が見えなくなると、途端に空気が緩む。
誰かと比べられないと、自分たちの立ち位置がわからなくなる。

こうした状態に陥っているとしたら、
それは仮想敵という手法が間違っているのではなく、
仮想敵に依存し始めているサインだと考えたほうがよさそうです。

本来、仮想敵は「方向づけのための支点」です。
ところが、それが長く使われ続けると、
いつの間にか「動機そのもの」になってしまうことがあります。

「負けたくないから頑張る」
「比べられているから動く」

こうした状態が続くと、
チームのエネルギーは、少しずつ外部に吸い取られていきます。

さらに厄介なのは、
仮想敵を前提にした関係性が、
チーム内部の対話を減らしてしまうことです。

外に明確な基準があると、
内部で問い直す必要がなくなります。
「どうすればもっと良くなるか」よりも、
「相手より上か下か」という話に寄っていく。

これは短期的にはわかりやすく、
スピードも出やすいのですが、
長期的には、チームの思考を単純化させてしまいます。

また、仮想敵を強く打ち出しすぎると、
リーダー自身が、その役割を背負い込みやすくなります。

敵を設定し、
緊張感を保ち、
温度を下げないように気を配る。

こうした状態が続くと、
チームが回っているように見えて、
実は、リーダーが走り続けているだけ、ということも少なくありません。

ここで大切なのは、
仮想敵を「良い・悪い」で判断しないことです。

仮想敵は、
使えば必ずチームを壊すものでもなければ、
使い続ければ成長し続ける万能な手法でもありません。

問題になるのは、
本来は一時的な支点であるはずのものが、
固定化されてしまうことです。

仮想敵がなくても、
チームとして問いを立てられるか。
外部と比べなくても、
自分たちの状態を言葉にできるか。

そうした力が育つ前に、
仮想敵だけで回し続けてしまうと、
チームの成長は、そこで止まりやすくなります。

次の章では、
この「外部参照に頼る構造」をもう一段引いた視点から整理し、
仮想敵と「教材」という言葉が、
実はどのように重なっているのかを見ていきます。

第3章|仮想敵と教材は、実はほぼ同じ役割を持っている

仮想敵や外部参照から自走する組織へ移行していくチームビルディングのイメージイラスト

ここまでの話を踏まえると、
仮想敵に対して感じている違和感は、
「外部を参照すること」そのものではなく、
その言葉が呼び起こすイメージに向いているのかもしれません。

そこで一度、
「仮想敵」と「教材」という二つの言葉を、
機能の観点から並べてみたいと思います。

仮想敵も、教材も、
どちらもチームの外側に置かれる存在です。
そして、いずれも
「自分たちは今どこにいるのか」
「何が足りていないのか」
を考えるための、外部参照として使われます。

仮想敵の場合は、
「あのチームと比べて、私たちはどうか」
という問いが立ち上がります。

教材の場合は、
「あのやり方から、何を学べるか」
という問いが立ち上がります。

問いの形は違いますが、
どちらも、チームの視線をいったん外に向け、
内側にこもりすぎた思考をほぐす、という役割を果たしています。

この意味では、
仮想敵と教材は、ほぼ同じ機能を持っている
と言ってよいと思います。

では、何が違うのでしょうか。

一番大きな違いは、
その言葉がチームにもたらす感情の方向性です。

「敵」という言葉には、
どうしても対立や勝ち負けのニュアンスが含まれます。
それは、短期的な集中や結束を生みやすい一方で、
緊張感や防衛的な姿勢も同時に呼び起こします。

一方で、「教材」という言葉は、
学ぶこと、取り入れること、改善することを前提にしています。
比較はしても、相手を下げる必要はありません。
自分たちの未完成さを、
そのまま認めやすい表現でもあります。

ここまで見ると、
仮想敵と教材の違いは、
手法の優劣というよりも、
言葉が生み出す感情や関係性の違いだと言えそうです。

もう一つ、ここで整理しておきたいことがあります。

仮想敵と教材は、
機能的にはよく似た外部参照ですが、
どちらが先にチームに作用するかは、
メンバーやチームの成熟度によって変わる
という点です。

まだ自分たちの課題を言葉にできない段階では、
「学ぶ対象」としての教材よりも、
感情が先に動く仮想敵の方が、
入り口として機能しやすい場面も少なくありません。

学ぶ以前に、
まず視線を揃え、温度を上げ、
「自分たちの話」に引き戻す必要がある。
そうしたフェーズでは、
仮想敵が担ってきた役割は、今も有効です。

一方で、
ある程度チームが整ってくると、
対立や勝ち負けの構図は、
思考の幅を狭めてしまうことがあります。

この段階では、
仮想敵が持っていた機能を、
より穏やかな言葉に置き換えた方が、
チームの対話が広がりやすくなります。

つまり、
仮想敵と教材の違いは、
「どちらが正しいか」ではありません。
どのフェーズのチームに、
どの言葉が届きやすいか
という違いです。

ここまで整理してくると、
次に浮かんでくるのは、
こんな問いではないでしょうか。

では、今の時代や環境の中で、
なぜ「教材」という言葉が、
選ばれやすくなっているのか。

そして、
それでもなお、
場面によっては「仮想敵」という言葉を
使わざるを得ないと感じる現場があるのは、なぜなのか。

この問いを手がかりに、
次の章では、
言葉が選ばれる背景そのものを整理していきます。

第4章|では、今なぜ「教材」という言葉が選ばれやすくなっているのか

それでも、ここまで整理してきたうえで、
どうしても浮かんでくる問いがあります。

今後も、場面によっては
「仮想敵」という言葉を使わなくてはいけないのだろうか。

正直に言えば、
私自身、この問いに明確な「はい」や「いいえ」を
用意しているわけではありません。
ただ、現場に立ち続ける中で、
一つはっきりしてきたことがあります。

それは、
「教材」という言葉が、
多くの場面で“選ばれやすく”なってきている
という事実です。

ここで注意したいのは、
「教材」という言葉が
すべてのチームに通用するようになった、
という意味ではない、という点です。

実際、私が向き合っている現場の中には、
まだ「教材」という言葉がまったく響かないチームもあります。
そうしたチームにとっては、
学ぶ以前に、まず視線を揃えることの方が重要で、
その入口としては、
今も仮想敵の方が機能しやすいと感じる場面も少なくありません。

それでもなお、
社会全体を見渡したときに、
「教材」という言葉が選ばれやすくなっているのには、
いくつかの背景があるように思います。

一つは、
対立や競争を前面に出し続けることの
限界が見え始めていることです。

変化のスピードが速く、
正解が一つに定まらない環境では、
勝ち負けを軸にした比較だけでは、
前に進みにくくなってきています。

もう一つは、
組織やチームに求められる役割そのものが、
変わりつつあるという点です。

個人の成果を積み上げるだけでなく、
学び続ける力や、調整し続ける力が、
より強く求められるようになってきました。

こうした環境の中では、
「敵に勝つ」という表現よりも、
「何を学び、どう取り入れるか」という表現の方が、
チームの思考を広げやすくなります。

つまり、
「教材」という言葉が選ばれやすくなっているのは、
それが正解だからではなく、
今の時代や環境において、
誤解や摩擦を生みにくい表現だから
だと言えるのかもしれません。

ここまで整理してくると、
仮想敵と教材の関係は、
どちらかを選び、どちらかを捨てる、
という話ではなくなってきます。

大切なのは、
「どの言葉が、このチームに届くのか」
そして、
「その言葉は、今のフェーズに合っているのか」
を見極め続けることです。

仮想敵という言葉を使う場面が、
これからもゼロになるとは思っていません。
ただし、それは
使いやすいからでも、慣れているからでもなく、
その言葉が、今このチームを動かすかどうか
という一点で判断されるべきものだと思っています。

次の章では、
こうした外部参照そのものを、
どのように扱っていけばよいのか。
仮想敵や教材を「手段」として使いながら、
最終的にどこを目指しているのかについて、
あらためて整理していきます。

第5章|外部参照は、あくまで一時的な支点である

ここまで、
仮想敵や教材といった「外部参照」が、
チームを前に進めるうえで果たしてきた役割を整理してきました。

あらためて強調しておきたいのは、
私は、これらがゴールだとは思っていないという点です。

仮想敵も、教材も、
チームが自分たちの状態を捉え直すための支点にすぎません。
視線を外に向け、比較し、気づきを得る。
そのプロセスを助けるための、一時的な装置です。

支点があるからこそ、
チームは動き出しやすくなります。
内向きに閉じていた思考がほぐれ、
共通の話題や基準が生まれる。
これは、特に立ち上げ期や停滞期において、
とても大きな意味を持ちます。

一方で、
支点は、使い続けることを前提にしたものではありません。

外部参照がなくなると動けない。
比べる相手がいないと、自分たちの位置がわからない。
そうした状態に入ってしまうと、
チームの判断や成長は、どうしても外に委ねられてしまいます。

本来、チームが少しずつ力をつけていく中で、
外部参照の役割は変わっていくはずです。

最初は、
「外を見ることで、ようやく自分たちが見える」状態だったものが、
やがて、
「自分たちの中で問いを立てられる」状態へと移っていく。

この移行が起き始めたとき、
仮想敵や教材は、
前に出る存在である必要がなくなっていきます。

大切なのは、
いつ、どのタイミングで、
外部参照の比重を下げていくかです。

それは、
明確なチェックリストで判断できるものではなく、
チームの会話の質や、
問いの立ち上がり方、
リーダーがいなくても回り始める小さな動きの積み重ねの中で、
少しずつ見えてくるものではないでしょうか。

そして、
この外部参照の有無や強弱をどうコントロールするかが、
自走できるチームをつくっていくうえでの
リーダーの役割の一つではないかと私は思っています。

仮想敵を置くか。
教材と呼ぶか。

その選択そのものよりも、
その言葉が、
今のチームにとって
「前に進むための支点」になっているのか。
それとも、
「立ち止まり続けるための拠り所」になってしまっているのか。

この違いを見極め続けることが、
リーダーやコーチに求められているのではないでしょうか。

おわりに|本当に目指しているのは、外部を必要としない状態

この記事では、
仮想敵や教材といった言葉を入り口に、
チームが前に進むときに
「何を外に置くのか」について考えてきました。

ただ、ここまで書いてきてあらためて感じるのは、
本質は言葉そのものではない、ということです。

仮想敵という言葉を使うかどうか。
教材という表現に言い換えるかどうか。

それよりも大切なのは、
今、このチームが
外部にどれくらい頼る必要があるのかを、
リーダーが感じ取れるかどうかだと思っています。

外部を強く置いた方が前に進むフェーズもあれば、
少しずつ手放した方が、
チームの思考が育つフェーズもあります。

そのどちらが正しいかではなく、
今どちらが必要かを見極め、
必要に応じて調整していく。
その繰り返しの中で、
チームは少しずつ自分たちの足で立ち始めます。

外部を見なくても、
自分たちで問いを立て、
ズレに気づき、整えていける。

私がこれからもやっていきたいのは、
そんな状態に近づいていくプロセスに、
伴走し続けることです。

あなたのチームは今、
仮想敵を必要としているフェーズでしょうか。
教材を置いて学び始めるフェーズでしょうか。
それとも、
外部参照を少しずつ手放し始めるフェーズでしょうか。

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「何を売るか」より、「どう進むか」──ある営業所長が描いた、成果への道筋

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1|大型案件を追いすぎて、足元が見えなくなる瞬間

営業所長という立場に立つと、
「何を売るか」は、単なる戦術の話ではなくなります。

会社としては、
経営戦略の観点から、
これから力を入れていく商品や領域を
明確に絞り込み、現場に伝えてきます。

市場環境や利益構造、
中長期的な成長を見据えれば、
その判断には当然の理由があります。
現場を預かる側としても、
その意図自体を否定するものではありません。

ただ、実際に現場を見ていると、
その方針が、そのまま成果につながるかどうかは、
別の話だと感じられる場面があります。

会社として「売っていきたいもの」と、
まだまだ成長途上の現場が「今、勝ちやすいもの」は、
必ずしも一致しないことがあります。

一件あたりの期待値が高い商品ほど、
提案の難易度は上がり、
準備や受注後にかかる時間や
心理的な負荷も大きくなります。

経験のある営業であれば対応できても、
全員が同じように動けるわけではありません。

「会社が決めた方向だから」

その言葉だけでは、
現場の動きは、なかなか軽くなりません。
そんな空気が、
少しずつ広がっていくことがあります。

今回の記事は、
ぼくのコーチングを継続的に受けていただいている
ある営業所長とのコーチングセッションをきっかけにしたものです。

会社が目指している方向に、
どうすれば現場が現実的にたどり着けるのか。

たとえ遠回りに見えるとしても、
• 現場がキャッチアップできる道筋
• 現場が納得できる道筋
• たどり着いたときに、現場が自信を持てるようになっている道筋

その道筋を描くことこそが、
今、求められている役割ではないか。

今の現場の所員たちには、
これまで積み上げてきた強みがあります。

説明しやすく、
お客様の反応も想像しやすい。
営業自身が、迷わず話せる。

「これは、うちの得意なものです」
と、自然に言える商品がある。

いきなり大きな成果を狙うのではなく、
まずは、得意なもので、確実に勝つ。

そこで信頼をつくり、
成功体験を積み重ねていく。

その延長線上に、
一件あたりの成果が大きい仕事が
自然とつながっていくはずだ、という仮説を立てました。

やり方としては、
会社が想定している進め方とは、
少し違って見えるかもしれません。

それでも、
この営業所長であるクライアントさんは腹をくくります。

まずは、得意なものから売ろう。

それは、
楽をするための判断ではありません。

現場を前に進め、
最終的に成果へとつなげるための、道筋を設計する決断でした。

2|「得意な商品」とは、楽な商品のことではない

ここで言う「得意な商品」とは、
楽に売れる商品のことではありません。

値引きをすれば決まるものでも、
説明を省略しても通るものでもない。

今の現場の所員たちが、自分の言葉で語れる商品。

それが、このクライアントさんが捉えていた「得意な商品」でした。

うまくいっている提案には、いくつかの共通点があります。
• 説明の流れが頭の中で整理できている
• お客様の反応を想像しながら話せている
• 「次に何を伝えるか」で迷っていない

つまり、営業自身が、その商品を“理解している”状態です。

得意な商品とは、
知識量が多い商品ではありません。

営業が、
「この話なら大丈夫だ」と感じながら、
安心して向き合える商品のことです。

多くの場合、会社として力を入れていきたい商品ほど、
説明は複雑になりがちです。

選択肢が多く、
提案の組み立てに時間がかかる。
受注後の調整も多く、
営業一人ひとりにかかる負荷は重くなります。

成長途上の現場にとっては、
それ自体が大きなハードルになります。

だからこそ、
クライアントさんは
まずは「得意な商品」から始めることが有効だと考えました。

得意な商品であれば、受注までのイメージが描ける。
お客様の反応にも、余裕をもって対応できます。

そして、この余裕が、
営業の質を大きく変えていきます。

聞く余裕が生まれると、
営業は「話す人」ではなく、判断を支える人になります。

説明の順番を必死に追いかける必要がなくなり、
お客様の言葉を、
情報としてではなく背景として受け取れるようになります。

すると、
• 言葉の裏にある不安
• 本人も整理しきれていない迷い
• 家族や社内の事情

こうしたものに、
自然と気づけるようになります。

その結果、提案は
「用意してきた話」ではなく、
その場で組み立てられた話に変わっていきます

無理に背中を押さなくても、
判断材料を整理して渡すことで、
決めるのはお客様自身になる。

この状態が、
結果的に成約率を高めていきます。

何より大きいのは、一つひとつの成功体験が、所員たちの自信として積み上がっていくことです。

この自信があるからこそ、
次の、より大きな提案にも、
前向きに向き合えるようになります。

クライアントさんが実現したかったのは
単に「売りやすい順番」を整えたい、という話ではありませんでした。

人が育つ順番を
どう設計するか、という視点です。
• 現場がキャッチアップできる
• 現場が納得できる
• 成果を出したときに、現場が自信を持てる

その順番で、
商品と向き合ってもらいたいと考えていました。

得意な商品から売る。

それは、
現場を甘やかすための判断ではありません。

現場が次のステージに進むための、
確かな土台をつくる選択でした。

3|得意な商品は、「信頼づくりの入口」になる

得意な商品から売る。

この判断は、
単に現場を動かしやすくするためのものではありません。
お客様との信頼関係をつくるための、入口をどう設計するか
という問いにつながっています。

コーチングセッションの中で、
クライアントさんが大切だと感じていたのは
「売りたいかどうか」ではなく、
「お客様が安心して判断できているかどうか」でした。

得意な商品での提案には、
無理がありません。

説明に余白があり、
お客様の反応を見ながら話を進めることができます。
必要以上に話を盛らず、
「できること」と「できないこと」を
きちんと分けて伝えられる。

この姿勢が、
お客様に安心感を与えていきます。

お客様は、
営業の説明内容だけを見ているわけではありません。
• この人は、信用できそうか
• 無理に売ろうとしていないか
• 自分たちの状況を理解しようとしているか

こうした点を、
会話の端々から感じ取っています。

得意な商品であれば、
営業自身に余裕があります。
その余裕が、
「この人なら任せても大丈夫そうだ」
という感覚につながっていきます。

ここで大切なのは、
最初からお客様が必要性を感じていない大きな提案をしないことです。

まずは、
お客様にとって負担の少ない選択肢を提示し、
一度、納得してもらう。

その経験が、
次の相談を生みます。

「次は、ここも見てもらえますか?」

この一言が出たとき、
営業は初めて、
信頼の土台に立てたと言えます。

信頼は、
説明のうまさで生まれるものではありません。

「この人は、
自分たちの判断を尊重してくれる」

そう感じてもらえたときに、
静かに積み上がっていくものです。

得意な商品から始める提案は、
その感覚をつくりやすい。
このクライアントさんは、そう考えていました。

クライアントさんが見ていたのは、
短期的な売上の最大化ではありませんでした。
• 現場が無理なく提案できる
• お客様が安心して判断できる
• 次の相談につながっていく

この循環を、
現場で再現できる形にすること。
それが、この判断の背景にありました。

得意な商品は、
ゴールではありません。

信頼をつくるための、
最初の一歩です。

その一歩があるからこそ、
次の、より大きな提案にも、
自然に進んでいける。

4|それでも「得意なものから」と言い切る理由

「得意なものから売る」。

この判断は、
一見すると、
会社が示している方向性と
少しずれて見えるかもしれません。

もっと大きな成果を狙うべきではないのか。
もっと早く、次の段階に進むべきではないのか。
そんな声が上がっても、不思議ではありません。

それでも、クライアントさんは
「得意なものから」と言い切りました。

結果が出なければ、
その判断の責任は、
すべて自分が引き受けることになります。
その覚悟がなければ、
この言葉は口にできません。

現場に任せる、という言葉は簡単です。
しかし、
現場の状態を理解したうえで、
進む順番を決めることは、
所長にしかできない仕事でもあります。
• 今の現場は、どこまでなら無理なく進めるのか
• どこから先は、まだ負荷が大きすぎるのか
• 何を積み重ねれば、次の段階に進めるのか

それらを見極め、
一つの道筋として示す。
クライアントさんは、
そこに自分の役割を置いていました。

「遠回りに見えるかもしれない」

その前提を、
あらかじめ引き受けます。

数字だけを見れば、
もっと派手な打ち手も考えられます。
しかし、
現場がついてこない戦略は、
長くは続かない。

そうした現場感覚が、
判断の軸にありました。

新しい営業所に着任して、
半期が過ぎました。

数字には、
良いところもあれば、
まだ整える余地のあるところもあります。

クライアントさんにとって一番大きかったのは、
「進む道筋が見えたこと」でした。

会社が目指している方向そのものを、
否定しているわけではありません。

経営の視点に立てば、
注力すべき商品や領域を
絞り込む判断は、自然なものです。

ただし、
その戦略が成果になるかどうかは、
現場がその道を歩けるかどうかにかかっています。

今の現場には、
今なりの強みがあります。
同時に、
今だからこその課題もあります。

その両方を直視したうえで、
無理のない一歩を積み重ねていく。
クライアントさんは
そのプロセスを何より大切にしていました。

得意なものから始める。

それは、
今の現場を肯定するということでもあり、
次の成長に向けた準備でもあります。

小さな成功体験が、
やがて自信につながり、
その自信が、
次の挑戦を支えていきます。

すべてを一気に変えようとはしていません。
ただ、現場が前を向いて進める状態をつくること。

そのために、
何を積み上げるべきかを考え続ける。
それが、
営業所長としての立場から、
このクライアントさんが選んだスタンスでした。

「得意なものから」。

この言葉は、
楽な選択を意味するものではありません。

現場を信じ、
現場の成長に賭ける。

第3半期を終えた今、
その判断は、
より確かな手応えを持ちはじめています。

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メンバー間に能力差があるチームをどう設計するか ――管理職が担う「前提の解像度を上げる」という仕事

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先日、とあるクライアントさんとのコーチングセッションが、
このテーマについて立ち止まって考えるきっかけになりました。

その方は、チームの人間関係を丁寧に整え、
メンバー同士の信頼関係も、少しずつ築いてきた管理職の方です。

中心的な話題は、
「メンバー間に能力差がある状態で、
どうチームを前に進めていけばいいのか」という問いでした。

配慮が必要なメンバーもいる。
一方で、成長を期待している優秀なメンバーもいる。
そして、チームとしては前に進まなければならない。

どれも間違っていない。
むしろ、真剣に向き合っているからこそ、
判断が簡単には割り切れない。

セッションを通して感じたのは、
この悩みは特定の誰かのものではなく、
多くの管理職が静かに抱えている問いだということでした。

この記事では、
そのときの対話をきっかけに、
「メンバー間に能力差のあるチームをどう設計していくのか」
というテーマについて、言葉を整理しています。

正解を出すための記事ではありません。
管理職として、
どこに解像度を上げて考えると、
チームが動きやすくなるのか。

その視点を、共有できればと思います。

はじめに

メンバー間に能力差があるチームは、前提条件である

チームの中に、能力差がある。
経験値も、得意分野も、体調も、ライフステージも揃っていない。

これは、特別な状況ではありません。
今の多くの職場では、ごく自然な前提条件です。

それでも多くの管理職の方は、
「この状態で、どうチームを回していけばいいのか」
一度は立ち止まる場面が出てくるのではないでしょうか。

けれど、その違和感の本質は、
「能力差があること」そのものに対するものではないように思います。

多くの場合、管理職の方が向き合っているのは、
能力差がある状況の中で、
どう設計するのが“いまのチームにとって妥当なのか”を、簡単には決めきれない
という感覚です。

やみくもに厳しくしたいわけでもない。
かといって、守ることだけを優先したいわけでもない。

配慮が必要なメンバーもいる。
一方で、成長を期待したい優秀なメンバーもいる。
そして、チームとしては前に進んでいきたい。

この3つを同時に成立させようとすれば、
判断が簡単でないのは、むしろ当然です。

この記事では、
「正解のマネジメント方法」を提示することはしません。

代わりに、
管理職として、どの部分の解像度を上げて考えると、チームの設計が現実的になるのか。
その視点を、ひとつずつ整理していきます。

管理職の仕事は、
すべてを抱え込むことでも、
すぐに答えを出し続けることでもありません。

状況をもう少し立体的に捉え、
判断の前提を整えていくこと。

ここから一緒に、
そのための視点を言葉にしていきましょう。

1|能力差のあるチームで、管理職が同時に抱える3つの前提

現場で本当によくある状態

メンバー間に能力差のあるチームをマネジメントするとき、
多くの管理職が、無意識のうちにいくつかの前提を同時に背負っています。

ひとつひとつを見れば、どれももっともな判断です。
けれど、それらが同時に存在するとき、
マネジメントは一気に難易度を上げます。

まずひとつ目は、
配慮が必要なメンバーには、無理な負荷をかけられないという前提です。

体調やコンディションの波があったり、
今は踏ん張りどきではない時期にいるメンバーもいる。
その状態を理解していればいるほど、
「これ以上は任せられない」という判断が自然と生まれます。

二つ目は、
優秀なメンバーには、成長につながる仕事を任せたいという前提です。

能力があり、責任感もある。
チームの中心として期待しているからこそ、
簡単な仕事ばかりではなく、
一段階上の経験につながる負荷をかけたいと考えます。

一方で、
自分ばかりが常に大きな負荷を背負っていると、
感じさせたくはない
という思いも同時にあります。

期待しているからこそ任せている。
けれど、その背景が伝わらなければ、
負荷だけが偏って見えてしまうこともある。

そして三つ目は、
それでも、チームとしては前に進んでいきたいという前提です。

守る判断と、育てる判断。
どちらかを優先すれば楽になる場面でも、
管理職は「チーム全体としての前進」を手放したくはありません。

この三つは、相反するものではありません。
どれかが間違っているわけでもありません。

ただし同時に満たそうとするなら、
チーム全体として
どの速度で進むのかを決めておくことが重要になります。

進むスピードが明確であれば、
仕事の重みづけや役割分担は、
必要以上に迷わずに済むようになります。

ここで大切なのは

メンバー間に能力差があるチームでは、
複数の前提を同時に扱いながら判断する場面が増えます。
いま管理職に求められているのは、
その前提をどう並べて、どう整理するか、という視点です。

能力差のあるチームをマネジメントするということは、
単純な正解を一つ選ぶ作業ではありません。

いまのチームにとって、
どの前提を、どの順番で扱うのか。
その整理の粒度が、そのままチームの動き方に表れていきます。

次の章では、
こうした前提が揃ったときに、
現場で「自然と起きてしまいやすいこと」について、
もう少し具体的に見ていきます。

2|管理職が示すべき「解像度」とは何か

業務の取捨選択・重みづけ・納期を、言葉にするという仕事

メンバー間に能力差があるチームでは、
「どう進むか」を決めるだけでは、まだ十分ではありません。

もう一段、
管理職として示しておきたいことがあります。

それは、
チームが前に進むための判断の解像度を揃えておくことです。

ここでいう解像度とは、
細かな指示や、逐一の確認を意味するものではありません。

むしろ、
メンバーがそれぞれの立場で判断するときに、
同じ前提に立てる状態をつくることを指しています。

具体的には、
次の三つを、運用できるレベルまで言葉にしておくことです。

① 業務の取捨選択

まず最初に必要なのは、
「すべてをやるわけではない」という前提を
チームとして共有することです。

今のこの時期に、
• 本当に取り組むべき仕事は何か
• 今はやらなくていいことは何か

これを管理職が言葉にしないままだと、
メンバーはそれぞれの判断で、
「やれることはすべてやろう」としてしまいます。

前進スピードを決めるとは、
やらないことを含めて決めることでもあります。

② 仕事の重みづけ(完成度の指定)

次に必要なのは、
任せる仕事ごとに
どの程度の完成度を求めているのかを示すことです。

すべての仕事に
同じ熱量や作り込みが必要なわけではありません。
• まず形にできれば十分な仕事
• 一定の品質でまとめればよい仕事
• しっかり時間をかけて仕上げるべき仕事

この違いが言葉として共有されていないと、
特に責任感の強いメンバーほど、
すべてを全力で仕上げようとしてしまいます。

重みづけを示すことは、
仕事の質を下げることではなく、
力を使う場所を揃えることです。

③ 納期と優先順位

三つ目は、
時間軸の明確化です。
• どれを先に終わらせたいのか
• どこまでを、いつまでにできていればよいのか

ここが曖昧なままだと、
メンバーはそれぞれの基準で
「急ぎそうなもの」から手を付けることになります。

納期を示すというのは、
詰めるためではなく、
判断の迷いを減らすためのものです。

この三つが運用レベルで共有されていると、
管理職がすべてを決め続けなくても、
チームは同じ方向に進みやすくなります。

解像度を上げるというのは、
管理を細かくすることではありません。

判断の前提を、先にそろえておくこと。
それが、能力差のあるチームを前に進めるための、
管理職の重要な仕事です。

次の章では、
この「解像度を上げる」という行為が、
決してマイクロマネジメントではない理由について、
もう少し整理していきます。

3|解像度を上げることは、細かく管理することではない

管理職が手放していいもの、手放してはいけないもの

「解像度を上げる」と聞くと、
細かく指示することや、
進捗を頻繁に確認することを思い浮かべる方もいるかもしれません。

けれど、ここで言う解像度は、
そうしたマイクロマネジメントのことではありません。

むしろ、
管理職が細かく見続けなくても済む状態をつくることに近い考え方です。

管理職が手放していいもの

まず、手放していいのは
日々の判断そのものです。

業務の取捨選択や、
仕事の重みづけ、
納期の優先順位。

これらが共有されていれば、
現場で起きる小さな判断は、
メンバー自身が行えるようになります。

管理職が逐一判断を下さなくても、
「この判断で問題ない」と、
メンバーが自分で確かめられる状態をつくる。

それが、解像度を上げるということの大きな意味です。

管理職が手放してはいけないもの

一方で、
手放してはいけないものもあります。

それは、
方向性と判断基準を示すことです。
• 今、どの仕事を大事にしているのか
• どのレベルまでを求めているのか
• 何を優先し、何を後回しにするのか

ここを曖昧にしたまま
「任せているつもり」になると、
現場には余計な迷いが生まれます。

解像度を上げるというのは、
裁量を奪うことではなく、
裁量を使いやすくする条件を整えることです。

解像度が低いと、なぜ管理が増えるのか

皮肉なことに、
判断の前提が曖昧なままだと、
管理職はかえって現場に関わらざるを得なくなります。
• 想定と違うアウトプットが出てくる
• やり直しが増える
• 状況説明のやり取りが増える

結果として、
「確認」「修正」「フォロー」に
多くの時間を取られてしまう。

管理が増える原因は、
管理しようとし過ぎていることではなく、
判断の前提が共有されていないことにあります。

解像度を上げると、チームはどう変わるか

解像度が揃うと、
チームの会話は少しずつ変わっていきます。
• 「これ、今やるべきですか?」
• 「ここは、8割で一度出しますね」
• 「納期を優先して、今回はこう判断しました」

こうした言葉が自然に出てくるようになると、
管理職は
「全部を管理する人」ではなく、
方向を確認する人になっていきます。

解像度を上げることは、
管理を強めることではありません。

チームが自分たちで判断できる範囲を、広げていくこと。
そのために、
管理職が最初に示すべきものを、
少しだけ具体にすることです。

次は最後に、
この記事全体をまとめながら、
管理職の仕事を一つの言葉で言い換えてみます。

まとめ|正解を出すのではなく、前提を揃える仕事

ここまで、
能力差のあるチームを前にしたとき、
管理職が何に向き合っているのかを整理してきました。

大事なのは、
「正しいマネジメントの型」を身につけることでも、
すべての判断を自分で背負い続けることでもありません。

メンバー間に能力差があるチームでは、
判断が難しくなるのは自然なことです。
問題は、その難しさを
個人の資質や決断力の話にしてしまうことにあります。

管理職の仕事は、
その場その場で「正解」を出し続けることではありません。

むしろ大切なのは、
チームとして
• 何をやるのか
• どこまでを求めるのか
• 何を優先するのか

こうした判断の前提条件を、運用できる形で揃えておくことです。

前提が揃っていれば、
現場の判断は一気にやりやすくなります。
管理職がすべてを見なくても、
メンバーは同じ方向を向いて考えられるようになります。

それは、
管理を強めることでも、
裁量を奪うことでもありません。

チームが自律的に判断できる範囲を、少しずつ広げていくこと。
そのために、
管理職が果たすべき役割があります。

メンバー間の能力差は、なくなりません。
状況も、常に変わり続けます。

だからこそ、
「どうすれば正解か」を探すよりも、
「何を前提として進むのか」を揃え続けること。

それが、
メンバー間に能力差のあるチームを前に進める、
管理職の仕事なのだと思います。

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経営方針にモヤモヤしたら──現場と経営の間に立つ管理職のための橋渡しスキル

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①はじめに

先日、とある管理職のクライアントさんとのコーチングセッションで、こんな話になりました。
「経営方針や新しい施策を聞くと、どうしても“うーん”と引っかかる部分があるんです。」

実はこのテーマ、さまざまな企業の管理職の方をコーチングさせていただく中で、時々話題にのぼります。
現場を日々見ているからこそ、経営層が描く理想と、現場のリアルとの間にギャップを感じる──これは決して珍しいことではありません。

会議や説明会で経営陣の話を聞きながら、「本当に現場の状況をわかっているのかな」と心の中でつぶやいた経験がある方も多いのではないでしょうか。
その違和感は、あなたが現場を知っている証拠でもありますが、一方で、経営との距離を感じるきっかけにもなり得ます。

今回は、そんな“違和感”を抱えたときに、異なる価値観を受け入れつつ、現場の声を経営に届ける「橋渡し」のスキルについて考えていきます。

② 管理職が直面しやすい3つの壁

現場と経営の間に立つ立場だからこそ、管理職には特有の“壁”があります。
この壁は、本人の意識や努力だけでは越えにくく、気づかないうちにコミュニケーションや判断をゆがめてしまうことがあります。

1. 価値観の固定化

長く現場を経験してきた分、「こうするのが正しい」という自分なりの“正解”がしっかり根付いています。
それは経験値として強みになる一方で、新しい考え方や施策を受け入れるときの柔軟性を奪ってしまうことがあります。
結果として、経営層の方針を「現場に合わない」と瞬間的に判断し、可能性を狭めてしまうこともあります。

2. 経営層との距離感

経営陣が決めた方針や施策も、その背景や意図を知らなければ「なぜこれをやるのか?」という疑問だけが残ります。
特に大きな組織では、経営会議や戦略策定のプロセスに直接関わる機会が少なく、どうしても“上から降ってきた感”が強くなりがちです。
その距離感が、信頼関係や理解の深さに影響を与えます。

3. 現場視点の“翻訳”不足

現場の不満や課題をそのまま経営層に伝えても、必ずしも動いてもらえるわけではありません。
経営層は全社的な視点で判断するため、数字・影響度・リスクといった尺度で情報を求めます。
一方で、経営方針を現場にそのまま伝えても、抽象的すぎて「で、何をすればいいの?」となってしまうことも少なくありません。
この“翻訳不足”が、現場と経営の間に誤解や温度差を生む大きな原因になります。

この3つの壁を意識できるだけでも、日々の会話や会議でのスタンスが変わってきます。
次の章では、この壁を乗り越えるためのステップをお伝えします。

③ 壁を越えるための3つのステップ

現場と経営の間にある壁は、一気に壊す必要はありません。
むしろ、日々の会話ややり取りの中で少しずつ“通り道”を広げていくことが現実的です。
ここでは、管理職として意識したい3つのステップをご紹介します。

ステップ1「まず受け取る姿勢を保つ」

経営層から新しい方針や施策が伝えられたとき、賛否や是非を判断する前に、一度 自分の中で「背景や意図をまるごと受け取る時間」をつくります。
この時点で「現場には合わない」と決めつけてしまうと、情報の幅が狭まり、対応策も限定的になります。
背景理解を深めるための質問例:
• 「この施策の狙いは何ですか?」
• 「どの指標や数字に影響を与える想定ですか?」

ステップ2「現場と経営の言語を行き来する」

現場の声をそのまま経営に伝えるのではなく、経営層が判断に使いやすい形に変換します。
例えば「作業が増えて大変」という声なら、作業時間の増加や人員配置の影響を数値化して示す。
逆に、経営方針を現場に伝えるときは、「売上10%アップ」という目標を「具体的に何をどう変えるのか」という行動レベルまで落とし込みます。
この翻訳作業があることで、双方の理解が深まり、動きやすくなります。

ステップ3「異なる価値観の接点を探す」

経営と現場では、守りたいもの・重視するものが違う場合があります。
しかし、よく話を聞くと「組織を成長させたい」という目的は共通していることが多いもの。
対立する意見の中にも共通ゴールを見つけ、「ではそのためにどこで歩み寄れるか」を探ります。
接点が見えた瞬間、対立は協力の土台に変わります。

この3つのステップは、特別な会議やイベントのときだけでなく、日常的なやり取りにも活かせます。
一方的な主張や押し付けではなく、相互理解の通路をつくること──それが管理職の橋渡し力を高める第一歩です。

④ 実践イメージ──一つのやり方として

例えば、経営方針説明会で新しい施策が発表されたとします。
あなたは聞いた瞬間、「これは現場には負担が大きいのでは…」と感じるかもしれません。
ここで多くの人は、すぐに反論や否定の言葉を頭に浮かべてしまいます。
そんな時に、前の章でご紹介した3つのステップを実際に行うイメージをご紹介します。

【ステップ1|受け取る】

その場では意図や背景を丁寧に聞き、必要があれば後日、担当役員や関連部署に質問をして情報を補います。
「なぜこの時期に?」「狙っている成果は?」といった問いを通じて、施策の“裏側”を知ることができます。

次に

【ステップ2|翻訳する】

現場から聞こえてくる懸念や課題を、経営層が理解しやすい形に変換します。
「負担が増える」ではなく、「この業務に週5時間の追加工数が必要になり、結果としてA案件の納期に影響が出る可能性がある」といった具合です。
逆に、経営の狙いを現場に伝えるときは、「売上10%アップ」という数字目標を、「この製品の提案回数を週○件増やす」という行動に落とし込みます。

そして

【ステップ3|接点を探す】

経営の意図と現場の懸念の中で、共通の目的を探ります。
「売上アップ」というゴールは共有できるなら、負担を軽減しつつ成果を出す方法を一緒に考える──例えば優先度の低い業務を一時的に減らす提案などです。

こうして“受け取る→翻訳する→接点を探す”という流れを踏むことで、
一方的な意見のぶつけ合いではなく、相互理解に基づいた橋渡しが可能になります。

⑤ 橋渡し力を支える3つの能力と鍛え方

ここまでご紹介した「受け取る → 翻訳する → 接点を探す」という流れは、意識すれば誰でも取り入れられます。
ただし、その土台にはいくつかのスキルが必要です。
このスキルが育っているほど、日常的な会話や会議の中で自然に橋渡しができるようになります。

1. 意図を理解するための質問力

経営層からの説明や新しい施策を聞いたとき、その“背景や狙い”まで理解できているかどうかで、その後の動きやすさは大きく変わります。
表面的な説明に留まらず、「なぜ」「何を」「どうやって」という3つの視点で掘り下げる質問を意識しましょう。
• フレーム(WHY → WHAT → HOW)
 1. WHY:なぜこれをやるのか(背景・目的)
 2. WHAT:何を変える/実現するのか(成果・指標)
 3. HOW:どう進めるのか(方法・プロセス)
• 鍛え方:自分が質問をしない場面でも、頭の中でこの3ステップを組み立てる練習をしておく

2. 翻訳能力(現場 ⇔ 経営)

経営と現場では使う言葉や判断基準が違います。
橋渡しをするためには、相手が理解・判断しやすい“言語”に変換する力が不可欠です。
• 経営 → 現場:数字や戦略を、日々の行動レベルまで具体化する
• 現場 → 経営:感覚的な声や不満を、数字・影響度・リスクに置き換える
• フレーム(3C変換)
 1. Concrete(具体化):「抽象的な方針」を現場が動ける形にする
 2. Calculate(数値化):感覚的な課題を時間・コスト・成果の数字に変える
 3. Context(文脈化):相手の視点や優先事項に合わせた説明にする
• 鍛え方:報告や説明の前に「相手が重視しているのは何か?」を先に推測する習慣を持つ

3. 共通の目的を探る調整力

経営と現場では、守りたいものや優先順位が異なることがあります。
しかし、その奥には意外と共通するゴールが隠れています。
それを見つけ、歩み寄る道を設計するのが調整力です。
• フレーム(GAP → GOAL → BRIDGE)
 1. GAP:双方のズレを洗い出す
 2. GOAL:共通のゴールを明確にする
 3. BRIDGE:そのゴールに向けた歩み寄り策を考える
• 鍛え方:意見が割れた場面で、「相手の最終目的は何か?」を紙に書き出す習慣をつける

これら3つの能力は、日常の会話や打ち合わせの中で意識して使い続ければ、自然と自分の中に定着し、橋渡し役としての信頼と存在感が高まっていきます。

⑥ まとめ

経営と現場の間に立つ管理職は、しばしば“違和感”を抱えます。
それは、現場を知り尽くしているからこそ生まれる感覚であり、決して悪いことではありません。
むしろ、その違和感をきっかけに経営と現場の橋渡し役としての価値を発揮できるチャンスがあります。

今回お伝えした
• 受け取る姿勢
• 翻訳する力
• 共通の目的を探す調整力

この3つは、会議や説明会といった特別な場面だけでなく、日常的なやり取りの中でも磨けます。

次に経営方針や新しい施策が発表されたときは、まず「なぜ」「何を」「どうやって」を意識して受け取り、
現場と経営の間で“言語”を変換し、共通のゴールを探す──そんな一歩から始めてみてください。

橋渡し役として信頼される管理職は、組織の中で欠かせない存在になります。
そしてその信頼は、あなた自身のキャリアを大きく広げる力にもなるはずです。

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トッププレイヤーから営業所長へ。課長時代とは違う“次のマネジメント視点”

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はじめに

4月の人事異動で、より上位の管理職に就かれた方も多いのではないでしょうか。
現場の第一線で成果を出し続け、課長としてチームをまとめながら部下育成とチームの業績の両立を成し遂げてきたからこその結果が評価されたのだと思います。
まさに「プレイヤーとしてもマネージャーとしても結果を残してきた優秀な方々」ですね。

実際、ぼくのクライアントさんの中にも、この4月の人事異動でさらに上位の役職に就かれた方が複数いらっしゃいます
日々のセッションを通じて感じるのは、「すでに管理職経験も実績もある方」であっても、次の役職では求められる視点や取り組み方がここでもう一回変わるということです。

たとえば、これまでは「自らのチームや担当メンバー」に目を向けていれば良かったところが、今後は「営業所全体」や「部門横断の組織運営」に関与する場面が増えてきます。

今回のブログでは、営業所長をされているとあるクライアントさんの事例をもとに、複数のリーダーの個性を活かして組織をマネジメントしていくヒントをお伝えしていきます。

ご自身の現場と重ね合わせながら、次のステージでのマネジメントの視点として活用していただければ幸いです。

1. チームのカギは“3名の課長の個性”

営業所長として組織を見るとき、重要な視点の一つが「誰がどのポジションで、どのような役割を果たしているのか」という組織設計です。
特に営業所では、複数の課長が存在し、それぞれが異なる強みやスタイルを持ちながらチームをマネジメントしています。

ぼくのクライアントさんが所長をしている営業所でも、

その個性を活かしながら組織全体を機能させていくことが、営業所長としての大きなテーマとなりました。
ここでは、その3つのタイプをご紹介します。

① 縁の下で信頼を勝ち取る課長

このタイプの課長は、あえて前に出ることなく周囲から厚い信頼を得ています。
指示や指導よりも「見守り」や「支え」に重きを置き、メンバーの相談に対しては親身に応えます。
チームのメンバーからすると、「この人がいるから安心して挑戦できる」と感じられる存在です。

営業所全体の安定感や継続的な成果には、このような“影の安定軸”となる課長の存在が不可欠です。

② 経験と実績を持つベテラン課長

長年の経験と豊富な知識で、チーム内の「文化」や「基準」を守る役割を担っています。
特に業界や自社のルール・慣習に詳しく、チームの意思決定や若手メンバーの育成にも影響力を持ちます。

一方で、自身のやり方への強いこだわりや変化への抵抗感が出やすい側面もあります。
営業所長としては、その経験と知見を尊重しつつ、適度に変化を促す関わり方が求められます。

③ チャレンジ精神旺盛な次世代課長

新しいアイデアや手法を積極的に提案し、行動力と実行力でチームをリードしていくタイプです。
特に若手メンバーに対しては、指示待ちではなく「自ら考え行動する」スタンスを育てる点で頼もしい存在となります。

ただし、既存のルールや手順よりも成果・スピードを重視する傾向もあり、営業所全体としてはバランスが求められます。
このタイプの課長には「枠を与えすぎない自由さ」と「方向性のガイド」の両立がカギになります。

3名の課長の個性とスタイルは異なりますが、それぞれがチームの成果に欠かせない存在です。
営業所長としては、こうした多様なマネジメントスタイルを対立させるのではなく補完し合う関係として設計していくことが、営業所全体の成果につながっていきます。

2. 課長として経験した「営業所を動かす」チャレンジ

上位管理職に昇進された多くの方は、すでに課長としての経験を積み、チームマネジメントにおいて成果を上げてこられたことでしょう。
プレイヤーとして自身の営業成績を残し、その後は課長として **「メンバーを通じて成果を出す」**という難しさとやりがいの両方を体験されたはずです。

ぼくのクライアントさんも、まさにこのプロセスを経て営業所長に就任されました。
課長時代には、自ら動いて成果を出すのではなく、メンバーに任せ、成長を促しながらチームとして結果を出すことに力を注いでこられました。
プレイヤーとして成果を出していた時代とは違い、課長として **「人を通じて成果を出すこと」**に意識を切り替えることは、決して簡単なことではありません。

そして今、営業所長として再び「役割の変化」に直面しています。
課長時代は **「自分のチーム」**をマネジメントすればよかったものが、
営業所長となった今は **「営業所全体」**をどう動かすか、
複数の課長や部門をどのように連携させ成果につなげていくかが問われる立場となりました。

プレイヤー→課長→所長とステージが変わる中で、求められるマネジメントの視点やスタンスも進化しています。
クライアントさんも今、**「課長の個性を活かしながら営業所全体として成果を出す」**という次のチャレンジに挑んでいます。

この変化にうまく対応するためのカギとなるのが、課長同士の役割設計営業所全体の方針やビジョンを明確にすることです。
次章では、その具体的な考え方についてご紹介していきます。

3. チームの成果を引き出す役割設計

営業所長として営業所全体の成果を生み出すためには、課長同士の役割設計が非常に重要なポイントになります。
現場を預かる課長たちは、それぞれ異なる強み・スタイルを持っています。
その個性を理解し、意図的にチームや営業所全体のパフォーマンスにつなげる設計が求められます。

ぼくのクライアントさんも、3名の課長の強みと課題を整理するところから取り組みを始めました。
例えば「縁の下でメンバーを支える課長」「経験と実績を持つベテラン課長」「チャレンジ精神旺盛な次世代課長」という特徴をふまえ、

誰にどの領域・期待を託すのか

ポイント1:組織課題と個人課題を切り分ける

所長として「何が営業所全体の課題なのか」「どこは各課長に任せられるのか」を整理することが大切です。
たとえば、営業所全体の方針や人材育成の枠組みは所長が担い、
日々の目標管理やメンバーの育成は各課長に裁量を持たせるといった 役割のすみ分け を意識します。

ポイント2:期待値を明確にする

課長のスタイルや強みが違うからこそ、**「何を期待しているのか」**をあらかじめ言語化し、すり合わせることが欠かせません。
「この領域ではリードしてほしい」「このテーマは一緒に取り組もう」など、

あいまいさを減らし、安心して動ける環境

ポイント3:若手と次期所長候補の育成を意識する

営業所全体として中長期的に成果を出すためには、若手育成の視点も外せません。
課長には「日々の業務を回す責任」だけでなく、若手のチャレンジの場を意図的に作る役割も期待します。
また営業所長としては、中長期的な視点で**「次期所長候補となる人材を見極め、成長を支援していくこと」**も重要な役割になります。
次の世代の所長を意識して育成しておくことは、営業所全体の安定と継続的な成果につながります。

複数の課長の強みとスタイルを組み合わせて営業所の成果を引き出すこと。
そのための「役割の整理と言語化」が営業所長としての重要なマネジメントポイントになります。
次章では、この土台の上に「所長自身の発信力」がなぜ求められるのかについて考えていきます。

4. 所長としての“言語化力と発信力”

営業所長の役割に就くと、多くの方が感じるのが「課長時代と比べて自分の考えや方針を“言葉にして伝える”機会が圧倒的に増えた」という変化です。

課長としてチームをマネジメントしていたときは、日常のコミュニケーションや行動の積み重ねでメンバーと信頼関係を築けました。
しかし営業所長になると、複数の課長や部門、さらには経営層や他拠点との連携も必要になります。
その中で求められるのが **「所長としての発信力」**です。

組織の方針・優先順位を明確に伝える

複数のチーム・課長を束ねる立場では、所長自身が組織の「軸」を言語化し、明確に発信することが不可欠です。
営業所の方針や優先順位、期待する行動基準をあいまいにせず、誰もが理解できる形で示すことがメンバーの安心感と行動の統一につながります。

コーチングの視点を取り入れる

ぼくのクライアントさんの場合も、コーチングで培った**「問いかけ力」「対話力」**を所長のマネジメントに活かしています。
「〇〇について意見を聴かせて?」「この課題の解決策を提案して?」など、

課長自身に考えさせる言葉を投げかけることで、自走力や当事者意識を育てる

言葉の力で組織を前進させる

組織が大きくなればなるほど「察してくれるだろう」は通用しません。
所長の発信がなければ、現場は迷い、判断基準を失いがちです。
所長の役割として大事なのは、「細かなやり方を教えること」ではなく、課長や営業所員ひとりひとりが自ら考え判断ができるようになるための方向性を示すことです。
この発信が、課長たちの主体的なリーダーシップを後押しし、営業所全体の成長につながっていきます。

次章では最後に、こうした考え方を踏まえて所長としてのスタンスのまとめと、読者への問いかけをしていきます。

5. おわりに

営業所長としての役割は、プレイヤーや課長としての経験・実績を土台にしながらも、さらに視野とスタンスを広げることが求められます。
自身で成果を出す・自チームを動かすところから、営業所全体をどのように動かし成果につなげていくかという「組織全体視点」への進化です。

ぼくのクライアントさんも、3名の課長の個性や強みを活かしながら、
役割の設計や営業所としての方針の言語化、さらには次期所長候補の育成までを意識したマネジメントに取り組んでいます。
その過程は決して簡単ではありませんが、「人を通じて成果を生み出す」という上位管理職としての醍醐味とやりがいを実感されています。

この内容は、ぼくが実際にご支援しているクライアントさんとの取り組みの中でも成果につながっている実践例です。
ぜひ、ご自身の営業所や組織でも活かしていただければ嬉しいです。

ここまで読んでくださった方も、ぜひご自身の営業所や組織に置き換えて考えてみてください。
自分は今、どの課題に取り組むべきだろうか?
課長やメンバーが主体的に動ける環境を整えられているだろうか?
次のステージに進むために、今の自分に必要な成長は何だろうか?

日々の業務の中でこの問いを持ち続けることが、次の成果と成長への第一歩になるはずです。

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報告が苦手な管理職へ。上司も部下も変わる、報告の極意

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1. 上長への報告に悩む管理職

「管理職なら、報告くらいスムーズにできて当然だろう」と思う人もいるかもしれません。
しかし、実際には管理職だからこそ報告に悩むケースは少なくありません。
ぼくのコーチングを受けていただいている管理職のクライアントさんも、その一人でした。
彼は日々、部下の報告を受ける立場にありながら、自分自身の上長への報告に対して強い苦手意識を持っていました。
「上司からあれこれ指示をされると思い通りにできなくなるのが嫌なんです」
「上司にどう思われるかが気になって、できれば報告自体を避けたい」
彼の話を聞いていると、「報告」に対して過度なプレッシャーを感じていることがわかりました。
特にこんな場面で、強いストレスを感じていました。

  • 「上司の機嫌が読めないとき」 → 「今このタイミングで話していいのか?」と悩み、結局後回しにしてしまう。

  • 「報告内容に自信がないとき」 → 「突っ込まれたらどうしよう」と考え、結論を濁してしまう。

  • 「上司の反応が冷たいとき」 → 「自分の報告の仕方が悪いのか?」と落ち込み、次回以降の報告が億劫になる。

彼自身、「報告は仕事の一部だから、やらないわけにはいかない」とは理解していました。
しかし、報告するたびに感じる「緊張感」「ストレス」「無力感」によって、
報告が義務感だけのものになり、いつの間にか「避けたい業務」になってしまっていたのです。
しかし、あるとき彼は気づきました。
「もしかして、これは部下の報告の仕方にも影響を与えているのではないか?」
そう思ったとき、報告に対する見方を変えるべきタイミングが来ていると感じました。

2. 報告の仕方を変えてみたら?

クライアントさんは、「自分の報告の仕方を変えてみる」ことからスタートしました。
「上司がどう反応するか?」を気にするよりも、「自分がどう報告すれば伝わりやすいか?」に意識を向けることが大事だと考えたのです。
そこで、次の3つのことを実践してみることにしました。

① 明るい雰囲気で話す

報告の場面では、つい慎重になってしまうことがあります。
「余計なことを言って、話がこじれたらどうしよう」
「ちょっと曖昧にしておけば、深掘りされずに済むかも」
そんな心理が働き、無意識に声が小さくなったり、表情が硬くなったりすることは珍しくありません。
しかし、意識して声のトーンを上げ、リラックスした雰囲気を作ると、上司の表情が少し柔らかくなるのが分かりました。
例えば、報告の際にこんな風に話すことを意識しました。
🔹「〇〇の件ですが、現在ここまで進んでいます。今、課題としてはこの部分があるのですが、○○の方向で進めようと思っています。いかがでしょうか?」
すると、上司の反応がスムーズになりました。
👨‍💼「なるほど、それでいこう」
それまで「報告=指摘される場」と思っていたのが、「報告=提案する場」に変わった瞬間でした。

② 箇条書きで整理し、簡潔に伝える

上司への報告でありがちなのが、「何を言いたいのかが分かりにくくなること」です。
話しながら考えると、言葉がまとまりにくくなります。
一生懸命説明しているつもりでも、「結局、どういうこと?」と聞き返されることがあります。
そこで、「結論 → 背景 → 次のアクション」の順番で整理して話すことにしました。
例えば、以前はこうなりがちでした。
🔸「〇〇の件ですが、実はちょっと問題があって、その……あの……」
このような伝え方を、次のように変えました。
✅「〇〇の件ですが、Aという進め方で対応予定です。理由はBです。Cが課題なので、確認をお願いします。」
すると、上司の理解スピードが上がり、報告がスムーズになりました。
👨‍💼「なるほど、OK。じゃあこのまま進めて」

③ 「イエス」の数を数える

さらに、上司のフィードバックに注目することにしました。
「自分の報告がどれだけ受け入れられているか?」を知るために、
上司が「いいね」「それでいこう」「問題ない」など、ポジティブな反応を示した回数を数えてみました。
これをやってみると、意外なことに気づきました。
「報告の仕方を変えたら、上司の『OK』が増えてきた…?」
それまで報告のたびに「指摘されるかもしれない」と警戒していましたが、実はそうではありませんでした。
よくよく振り返ってみると、「意外と上司はちゃんと話を聞いて、肯定してくれていた」のです。
「報告=詰められる場」だと思い込んでいましたが、そうではなく、「報告=方向性をすり合わせる場」だと気づきました。
こうして3つの実践を続けていくうちに、報告に対する心理的なハードルが下がっていきました。
上長の反応が変わり、自分の意識も変わった

こうして3つの実践を続けていくうちに、報告に対する心理的なハードルが下がっていった

「報告のたびに上司に詰められるかも…」という不安が、
「自分の提案を試せる機会だ」というポジティブな感覚に変わっていきました。

この気づきは、クライアントさんにとって 「報告=嫌なもの」という思い込みを壊すきっかけ になっていったのです。

そして、ここでまた新たな視点に気づきます。

「もしかして、部下たちも同じように、自分への報告を怖がっているのでは?」

そう考えたとき、今度は 「報告を受ける側としての自分の姿勢」 を見直す必要があることに気づいたのでした。

3. 部下の報告の受け方を振り返る

報告の仕方を変えたことで、上司とのやり取りがスムーズになり、心理的なハードルも下がってきました。
そんな中で、クライアントさんはふと、ある疑問を抱きました。
「もしかして、部下たちも同じように、自分への報告をためらっているのでは?」
報告する側の気持ちを理解したことで、報告を受ける側の自分の姿勢を見直すきっかけになりました。
「報告しづらい上司」になっていなかったか?
これまでのクライアントさんは、「部下がもっと主体的に報告してくれたらいいのに」と思うことが多かったそうです。
「大事なことはちゃんと報告してくれよ」
「もっと整理して伝えてくれたら分かりやすいのに」
そんなふうに感じることもあったそうです。
しかし、自分が上司への報告に不安を感じていたことを思い出すと、視点が変わりました。
「部下たちも、自分と同じように、報告をプレッシャーに感じているのかもしれない」

  • 「上司が忙しそうにしているから、話しかけるタイミングがわからない」

  • 「細かいことを報告すると、『そんなことは自分で考えろ』と言われそう」

  • 「相談することで、自分の判断力が足りないと思われるかもしれない」

そんなふうに思って、報告を躊躇している可能性があることに気づきました。
そこで、クライアントさんは、部下が報告しやすい環境を作るために、自分の「報告を受ける姿勢」を見直すことにしました。
報告しやすい上司になるための3つの工夫
部下に「ちゃんと報告しろ」と求める前に、報告しやすい空気を作ることが大切だと考えたクライアントさんは、3つのことを意識するようにしました。

① 先に「結論」を求めすぎない

「で、結論は?」と急かしてしまうと、部下が焦ってしまい、肝心の情報を正しく伝えられなくなります。
以前は、「シンプルに、結論を言え」というスタンスでしたが、これが逆に部下を委縮させている可能性があると気づきました。
そこで、「結論は最後でいいから、まず状況を整理して話してみて」と促すようにしました。
すると、部下も安心して話せるようになり、結果的に報告の質が上がっていきました。

② 「ここまでの話で、他に気になることはある?」と聞く

報告を受けると、つい「もっと端的に」「もっと分かりやすく」と思ってしまうことがあります。
しかし、それを指摘する前に、「ここまでの話で、他に気になることはある?」と促すだけで、部下が自分で考えて話を整理し始めることに気づきました。
報告の途中で、「もう少し詳しく説明してくれる?」と付け加えるだけで、部下自身が「伝え方を工夫しよう」と意識するようになったのです。
これまでは、「報告を簡潔にさせること」を重視していましたが、今は「部下が自分で考えながら伝えること」を優先するようになりました。

③ 報告を「評価の場」にしない

部下が報告をためらう理由の一つに、「ダメ出しされるかもしれない」という心理的な抵抗があります。
そのため、報告の場では、すぐにジャッジするのではなく、
「この報告を受けて、自分は何を決める必要があるのか?」に意識を向けるようにしました。
「こういう考え方もあるかもしれないね」
「この視点はいいね、ここを少しブラッシュアップするともっと良くなるよ」
そんなふうにフィードバックすることで、部下が報告しやすい雰囲気を作ることを意識しました。
報告は「上司のため」ではなく「チームのため」
こうした工夫を続けていくうちに、部下からの報告の質も変わっていきました。
以前よりも、部下が主体的に報告してくれるようになり、「上司に言われる前に、自分から伝えよう」という空気が生まれました。
「報告は、上司のためではなく、チームのためにするもの」
この視点を持つことで、部下の報告に対する考え方も変わり、結果的にチーム全体のコミュニケーションがスムーズになりました。
そして、クライアントさん自身もこう感じました。
「報告の仕方を変えることは、自分の伝え方を変えることだけじゃなく、受け止め方を変えることでもあったんだ」
報告は一方通行ではなく、「受ける側」が変わることで、する側も変わるものなのです。

4. 「報告」は上司部下の関係を映す鏡

この経験を通じて、クライアントさんが得た最大の学びは、
「報告の仕方を変えるだけで、チームのコミュニケーション全体が変わる」 ということでした。

多くの管理職は、部下に対して 「もっと分かりやすく報告してほしい」 と感じています。
だからこそ、「部下の報告の仕方を改善しなければ」 と考えがちです。

しかし、クライアントさんが実感したのは、
「部下の報告の仕方を変える前に、上司としての報告の受け方を変えることが重要だ」 ということでした。

報告というのは、ただの情報伝達ではありません。
それは、「お互いの考えをすり合わせる場」 であり、「チームの文化を形成するもの」 でもあります。

「上司が変わることで、部下も変わる」

もし、あなたが 「部下の報告の仕方が悪い」 と思ったことがあるなら、
それは 「上司としての自分の受け止め方」 を見直すチャンスかもしれません。
• 部下は報告しやすい雰囲気を感じているか?
• 上司として、結論ばかりを求めていないか?
• 部下が主体的に報告できる関係性を築けているか?

クライアントさん自身、「自分の報告に不安を感じていた時期」 があったからこそ、
「部下も同じような気持ちでいるのでは?」 と考えることができました。

そして、報告の受け方を変えたことで、
「部下からの報告の質が変わり、チーム全体の会話がスムーズになった」 という成果が生まれました。

「報告=チームの文化を作るもの」

あなたの組織のコミュニケーションを良くするために、
まずは 「自分自身の報告の受け方」 を見直してみるのも一つの手です。

報告を 「指摘の場」ではなく「前向きな意見交換の場」 にすることで、
チーム内の会話が活発になり、部下が主体的に動きやすくなる環境 が生まれます。

「報告の仕方を変えることは、単なる業務改善ではなく、チームの未来をつくること」

そう考えると、報告の時間が、ただの業務連絡ではなく、
チーム全体の成長を促す機会 に変わっていきます。

管理職として、今日からできること

✅ 部下が話しやすい雰囲気を作るために、報告の途中で『で、結論は?』と急かすのではなく、『もう少し詳しく教えて?』と促してみる
✅ 報告の内容だけでなく、「報告のしやすさ」もチェックする
✅ 報告の場を「評価」ではなく「成長の場」として活用する

報告を変えることは、チームの文化を変えること です。
その第一歩は、上司であるあなたの受け止め方から 始まります。

「報告が変われば、チームが変わる」

その変化を、今日から試してみてください。

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年上部下と年下管理職の関係構築3つのポイント

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みなさんこんにちは
ビジネスコーチたかぎけんじ です
いつもお読みいただいてありがとうございます

毎日コーチングセッションを通じて
沢山のビジネスパーソンとお話をしています

先日ある管理職の方とお話をしている時のこと
年上の部下との関係性の構築にご苦労されている
と言うお話がありました

社会の高齢化が進み
定年が延長されたり
再雇用制度が導入されたりする中で
組織の活力を保つために若手の登用をすすめると
どうしても管理職よりもメンバーの方が
年齢や社歴が上と言う場面がうまれます

こうした時に
経験豊富な年上部下が
なかなか年下 管理職の指示通りに動いてくれない

年下管理職が
年上部下と上手くコミュニケーションを取れない
と言う悩みを抱えている

なんて話をちらほら聴いたりします

今日は、ビジネスコーチ的
年上部下と年下管理職の関係構築3つのポイント
についてお伝えします

年上部下との関係性に悩んでいる年下管理職の方や
部下とコミュニケーションに課題感を感じている管理職の方
それから
自分にはない専門性を持った部下との業務の進め方に課題を感じている管理職の方も
ぜひ今日のお話し最後まで読んでみてくださいね

今日のお話を動画で見たい方はこちらから

それでは、参りましょう!

冒頭お伝えした様な
年上部下との関係に悩んでいる
管理職さんの相談を受けることが
最近はとても多くなりました

こうした部下との関係性の構築が上手くいかない時の原因になりやすいのが
部下の方がある分野に関して
上司よりも豊富な経験値や
スキルセットを持っていること
ではないかと思います

今日は
こんな時に効果的な部下とのコミュニケーションのポイントを3つお伝えします

年上部下と年下管理職の関係構築3つのポイント
その3つとは
1.チームのありたい姿の共有
2.部下のスキルセットや経験値の高い分野で協力をあおぐ
3.部下からのフィードバックをもらう

この3つです

それでは具体的にお伝えしていきましょう

まずひとつめ
1.チームのありたい姿の共有
です

まずは自分が管理している組織が目指すところを
具体的に共有していきましょう。

具体的がポイントです
売上が何億とか利益率が何%
と言うのも大切ですが

ここでは
「今期自分のチームをどんな組織にして行きたいか」
を共有することを意識しましょう

あるクライアントさんは以前
「家族の様なチームにしたい」と
おっしゃっていました

「部活の様なチーム」とおっしゃっていた
クライアントさんもいらっしゃいました

例えば先ほどの「家族の様なチーム」だとしたら
それをさらに詳しく言葉にしていきます

ひとりひとりのチャレンジを皆んなが応援してくれる
とか
困った時はなんでも話せる、とか

それぞれのメンバーに
母親的役割、父親的役割、兄的、姉的
どんな立ち位置を期待できるかを
言語化して伝えて行くと良さそうです。

もし
「部活の様なチーム」だったら
メンバーひとりひとりの
ポジションを想定しても良いかもしれませんね

もし年上部下の方が
管理職経験のある方なら
「家族の様なチーム」を目指す事を伝えた上で
メンバーの役割については
助言を仰いでもいいかもしれません

こんなふうにして
あなたが目指すチームの姿を具体的にして
メンバーと共有しましょう

メンバーと共通言語ができるので
コミュニケーションがしやすくなるはずです

年上部下と年下管理職の関係構築3つのポイント
ひとつめは
1.チームのありたい姿の共有
でした

次に二つめ
2.部下のスキルセットや経験値の高い分野で協力をあおぐ

年下の上司についた年上部下は
もしかしたら無力感を感じたり
自己肯定感を損ったりしているかもしれません

管理職を解かれてメンバーになっていれば
その可能性は一層高いですよね

もちろん管理職ではなくなったのですから
手放して頂かなくてはいけない事はあります

ですが、年上部下が持っている
経験値やスキルセットの多くは自分のチームが目標を達成していくために
役立つもののはずです

それを、どう引き出してチームの成果につなげていくかは
管理職の腕の見せ所ですよね

こういったときに効果的なのが
年上部下に年下管理職が協力をあおぐ
ということです。

ひとつ目のポイントでお伝えした
「チームのありたい姿を共有する」ことができていれば
あとは、協力を仰ぐだけです

年上部下の方にこういってみてください
「わたしに力を貸してください」

そうすることで
年上部下の方も自分の経験値やスキルセットが
役に立てるところがあるということを認識できるので

無力感を取り除いたり
自己肯定感を回復させたりすることが
出来やすくなります

年上部下と年下管理職の関係構築3つのポイント二つめは
2.部下のスキルセットや経験値の高い分野で協力をあおぐ
でした

年上部下と年下管理職の関係構築3つのポイント
最後3つ目です
3.部下からのフィードバックをもらう

年上部下と
1、チームのありたい姿の共有
2、部下のスキルセットや経験値の高い分野で協力を仰ぐ
の2つを始めたら、次に定期的に年上部下からフィードバックをもらう時間を作りましょう

お互いに言葉で伝えていることと
お互いの行動がイメージ通りになっているかどうかの
確認と軌道修正をするフェーズですね

言葉だけのコミュニケーションでは
お互いが持っている言葉の定義や
言葉のイメージのずれなどから

双方が期待と行動が合致しない場面が出てくることが起こりますので
それの認識合わせをして
必要に応じてお互いの行動を軌道修正しましょう

年上部下と年下管理職の関係構築3つのポイント
三つ目は
3.部下からのフィードバックをもらう
でした

おそらく、この動画を見ていただいている多く管理職の方は
年上部下とコミュニケーションをより多く取った方が良い
と言うことは、なんとなく理解されていると思います

ですが、年長者の方とどんなふうにコミュニケーションを
とって良いかがなかなかイメージをつかみにくい方も多いと思います

今日、お伝えした3つのポイント
1.チームのありたい姿の共有
2.部下のスキルセットや経験値の高い分野で協力をあおぐ
3.部下からのフィードバックをもらう
と、やることが具体的になっているときっと年上部下の方とのコミュニケーションが
取りやすくなると思います。

経験豊富な年上部下が
なかなか年下 管理職の指示通りに動いてくれない

年下管理職が
年上部下と上手くコミュニケーションを取れない
と言う悩みを抱えている

という管理職の方はぜひ
今日のお話試してみてくださいね

今日のお話を動画にしました
https://youtu.be/waARiA_B14s

ぜひ動画でおさらいしてみてください!

それでは、今日はここまでにします
今日も最後までお読みいただいてありがとうございました。

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