1.オープニング
部下の成長を支えたいと思っているのに、なかなか行動が変わらない──。
マネージャーをしていると、そんな場面に必ず出会います。
「この苦手をなんとか克服させたい」
「いや、強みを活かした方が成果は早いかもしれない」
頭ではわかっていても、どちらを選んでもモヤモヤが残ることがあります。
先日、とある管理職の方とのコーチングセッションでも、まさにこのテーマが話題になりました。
部下の業務遂行が思うように進まない状況の中で、「克服させるべきか、活かすべきか」で悩み続ける姿は、多くのマネージャーが直面するリアルそのもの。
そして、その迷いは部下だけでなく、自分自身のマネジメントに対するスタンスを突きつけてくるのです。
実は、この瞬間こそがマネージャーにとっての“成長の壁”。
部下をどう育てるかを考えているようでいて、実は「自分はどんなリーダーでありたいのか」を試されている局面なのです。
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2.よくある現場の葛藤
例えば、こんな場面を想像してみてください。
ある苦手分野があって業務の進捗が捗々しくない部下に、
「このタスクを小さく分けて、計画を立てて進めよう」と伝えた。
ところが翌週になっても、ほとんど手がついていない。
理由を尋ねても「やろうとは思っていたんですが…」と口ごもり、優先順位の理解も曖昧。
納期を守れないこともあり、チーム全体の進行に影響が出てしまう。
マネージャーとしては「ここを何とか克服させなければ」と感じるのは自然なことです。
「自分が細かく確認し、厳しく管理しないと、このままでは改善しないのではないか」
そう考えれば考えるほど、気持ちが焦りや苛立ちに傾いてしまいます。
一方で、部下の中には確かに強みもある。
人との関係構築や資料づくりなど、光る部分は見えている。
「だったら、苦手を深追いさせずに強みを発揮できる役割を任せた方がいいのでは…?」
そんな考えがよぎることもあるでしょう。
結果として、
• 苦手を克服させるべきか
• 強みを活かすべきか
その狭間で揺れ続け、モヤモヤしたまま時間が過ぎていく。
これこそ、多くのマネージャーが抱える典型的な葛藤です。
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3.「苦手を克服」か「強みを活かす」かの二択に見える罠
この葛藤は、しばしば「二択」のように見えます。
ひとつは、苦手なことにあえて挑戦させて克服させる道。
もちろんこれは本人の成長につながる可能性がありますが、成果が出るまでに時間がかかり、途中で自信を失ってしまうリスクも大きい。
もうひとつは、強みを優先的に活かす道。
得意分野を任せれば成果は出やすいですが、苦手分野の改善は先送りになり、本人の成長の機会が薄れるかもしれません。
どちらを選んでも「しわ寄せが出る」と感じやすく、多くのマネージャーはこの二択の中で答えを探し続けてしまいます。
しかし実際のマネジメントはもっと複雑です。
成長と成果、本人とチーム、短期と長期──それらをどうバランスさせるか。
この二択に見える問いこそが、マネージャーにとっての大きな“罠”なのです。
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4.実は問われているのは“マネージャー自身”
部下の苦手にどう向き合うか。
その問いは部下の課題のように思えますが、突きつけられているのは マネージャー自身の“育成の軸” です。
「成果を出すために厳しく指導するのか」
「まずは強みを活かして自信を育てるのか」
どちらを選んでも答えが見つからないのは、個別の事象ごとに正解を探しているからです。
本当の課題は、「人を育てるときに自分が何を大事にしているのか」という軸が定まっていないことにあります。
つまり、この葛藤は「部下の育成法をどうするか」というテクニックの話ではなく、
「自分はどんなリーダーシップで人を育てたいのか」という根本的なテーマに向き合う場面なのです。
ここで悩むことは、決して無駄ではありません。
むしろ、その葛藤を通じて初めて、マネージャーは自分自身の育成観を磨いていくのです。
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5.壁を越えるヒント
では、この“成長の壁”をどう越えていけばよいのでしょうか。
大きな正解があるわけではありませんが、現場で実践できるヒントをいくつか紹介します。
① 一次感情を伝える
「怒り」や「苛立ち」といった表層の反応ではなく、
その奥にある「悲しい」「残念」「期待していた」という一次感情を丁寧に言葉にして伝えること。
これだけで、相手に届く温度は大きく変わります。
パワハラにならずに率直さを出せる、実践的な方法です。
② “待つ技術”を身につける
部下が黙る──その沈黙は一様ではありません。
背後には例えば、
• 不本意な感情の抑え込み(怒り・恥ずかしさ・防衛)
• 思考停止による“やり過ごし”(その場を切り抜けたい)
• 叱責に慣れた結果の指示待ち(自分で考えるより正解待ち)
• 自信のなさ/言語化への不安(否定されるのが怖い)
…など、複数の可能性が隠れています。
どの場合でも、上長が**焦らずに“待つ”**ことは、やり過ごしの沈黙を「考えるための沈黙」へと切り替えるスイッチになります。
コツは、短く開く問いを一つだけ投げる → 沈黙を保つ → 出てきた言葉を受けとめる。
放置ではなく“思考の余白”を渡す姿勢が、部下の自発的な思考と次の一歩を促します。
③ 強みを見抜く視点を持つ
苦手ばかりに目が向くと、指導は厳しくなりがちです。
しかし、苦手と強みはしばしば表裏一体の関係にあります。
たとえば、
• 「優先順位をつけるのが苦手」=「複数の物事を同時に抱えても粘り強く対応できる」
• 「細かい作業が遅い」=「慎重で正確さを大事にしている」
• 「自分の意見をあまり言わない」=「周囲の空気を読んで調整できる」
このように、苦手の裏には必ず強みの芽が潜んでいます。
マネージャーが「弱みを直す」視点だけでなく、「裏にある強みをどう活かすか」という問いを持ち続けることが、部下の自信と成長を引き出すきっかけになります。
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マネジメントの現場に“魔法の答え”はありません。
だからこそ、感情を丁寧に扱い、沈黙を受け止め、強みに光を当てる──。
こうした小さな実践が、壁を越えるための確かな一歩になっていきます。
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6.まとめ
部下の「苦手」をどう扱うか。
それは単なる育成方法の選択ではなく、マネージャー自身の成長に直結するテーマです。
• 苦手を克服させるのか
• 強みを活かすのか
その狭間で悩むことは、誰もが通る“成長の壁”。
そして、この葛藤に向き合うことこそが、マネージャーとしての軸を磨く大切な機会になります。
大切なのは、**「自分は人をどう育てたいのか」**という視点を持つこと。
感情を丁寧に伝え、沈黙を受けとめ、強みに光を当てる──そんな小さな実践の積み重ねが、部下を育てるだけでなく、自分自身を次のステージへと導いていきます。
いま葛藤の最中にいるあなた自身が、すでに次のリーダーシップへの一歩を踏み出しているのです。
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