営業所長とのコーチングセッションの中で、
チームメンバーへの言葉のかけ方の話題になりました。
営業所規模の人数をまとめる立場になると、
メンバーの行動に対してどんな言葉をかけるかは、
悩ましいテーマと感じる方が多いようです。
成果が出たとき。
誰かが周囲を助ける動きをしてくれたとき。
あるいは、難しい案件に粘り強く取り組んでくれたとき。
そんな場面で、
所長である自分が声をかけるのか。
それとも、直属の上長が声をかける方がいいのか。
もし自分が声をかけるとしたら、
どんな言葉をかけるのがいいのだろうか。
そんな話になりました。
そのとき営業所長から出てきたのが、
「やっぱり、褒めるのがいいのかな」
という言葉でした。
ただ、その対話の中で
もう一つの言葉が浮かんできました。
「承認」
似ているようで、
少し違う響きを持つこの二つの言葉について、
その場で少し立ち止まって考えてみることになりました。
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2 「褒める」という言葉にある構造
「褒める」という言葉は、
ポジティブな意味で使われることが多い言葉です。
誰かの行動や成果に対して、
それを認め、賛辞の言葉として伝える。
組織の中でも、
日常的に使われている言葉だと思います。
ただ、「褒める」という行為を構造的に見てみると、
そこにある関係が生まれていることに目がとまります。
それは、
褒める側と、褒められる側。
言い換えると、
評価する側と、評価される側
という関係です。
褒めるという行為は、
誰かが相手の行動を見て、
それを良いものとして捉え、
言葉にすることでもあります。
そこには自然と、
評価する立場と、評価される立場
という関係が生まれます。
つまり「褒める」という言葉には、
どこかに上下の関係が含まれている。
もちろん、
それ自体が問題だというわけではありません。
組織の中では、
役割や責任の違いがある以上、
評価という行為は避けて通れないものでもあります。
ただ、この構造があることで、
もう一つ別のことが起きる可能性があります。
それは、
行動の基準が、
少しずつ変わっていく可能性がある
ということです。
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3 評価が行動の基準になるとき
上下関係の中で、
評価を含む「褒める」という行為が行われると、
行動の基準が少し変わることがあります。
本来は、
「自分はどう考えるか」
という基準で行動していたものが、
「上司はどう評価するだろうか」
という視点を含むようになる。
もちろん、
組織で働く以上、
評価を意識すること自体は自然なことです。
ただ、その比重が大きくなっていくと、
少し別のことが起きる場合があります。
それは、
判断の軸が、
自分の内側ではなく、
少しずつ外側に移っていくことです。
たとえば、
• 評価されそうな行動を選ぶ
• 期待されている動きを探す
• 判断の基準を外に求め始める
そんな変化が起きることがあります。
言い換えると、
「自分はどう考えるか」よりも
「どう評価されるか」が
行動の基準になっていく。
そんな状態が生まれる可能性があるのです。
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4 少し見方を変えてみると
ここまでの話を、
少しだけ別の角度から見てみます。
判断の軸が外側に移っていくと、
人は次第に
「自分はどう考えるか」よりも
「どう評価されるか」
を基準に行動するようになる可能性があります。
この構造を見ていると、
あることを思い出します。
ハラスメントの議論の中で、
よく指摘される関係です。
ハラスメントの関係性の中では、
主体性が育ちにくいと言われることがあります。
それは、ハラスメントの場面では、
力を持つ側の言葉や評価が、
相手の行動の基準になってしまうことがあるからです。
もちろん、
褒めることとハラスメントは
まったく別のものです。
ただ、構造だけを見てみると、
似た関係が生まれることがあります。
そして、この状態が続くと、
判断の軸は
自分の内側ではなく外側に置かれます。
言い換えると、
主体的に判断することや
自立して行動することから、
少しずつ距離が生まれていく可能性があります。
この変化は、
大きな出来事として起きるわけではありません。
多くの場合、
気づかないうちに、
少しずつ起きていきます。
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5 では「承認」とは何か
ここで、もう一度
最初の対話に戻ってみます。
もし
褒める ≠ 承認
だとしたら、
承認とは何をすることなのでしょうか。
実際の現場で多くの方と対話していると、
興味深いことがあります。
「褒める」という言葉の使い方は、
人によって少しずつ違うのです。
ある人にとっては、
褒めるという言葉の中に
承認に近い意味が含まれていることもあります。
一方で、
褒めるという言葉が
評価を意味して使われる場面もあります。
つまり、
同じ「褒める」という言葉でも、
そこに含まれている意味の範囲は
人によって少しずつ違っているのです。
そこでここでは、
言葉を整理するために、
「褒める」と「承認」
をいったん分けて考えてみたいと思います。
では、ここで
コーチングの現場でぼくが考えている「承認」とは、
何をすることなのかを
少し整理してみたいと思います。
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6 承認とは何をすることか
では、
承認とは何をすることなのでしょうか。
ぼくがコーチングの現場で
大切にしているのは、
とてもシンプルなことです。
それは、
観察した事実を、そのまま言葉にすること。
たとえば、
「さっきの会議で、
〇〇さんの説明を受けて
チーム全体の理解が進んだように見えました」
あるいは、
「今日の案件、
前向きではなかったお客様と
最後まで対話していましたね」
こうした言葉には、
評価は含まれていません。
ただ、
起きていたことを観察し、
その事実を言葉にしているだけです。
しかし不思議なことに、
このような言葉は
多くの場合、相手にしっかり届きます。
なぜならそこには、
評価ではなく、
行動そのものへの注意が向いている
からです。
褒める言葉は、
評価のニュアンスを含むことがあります。
一方で承認は、
評価をすることではありません。
起きていたことを観察し、
その事実を言葉にする。
とても静かな行為ですが、
その言葉は、相手の行動を
その人自身の内側に戻します。
つまり、
「どう評価されるか」ではなく
「自分はどう行動していたか」
という視点を取り戻すことにつながるのです。
実際の対話では、
評価のニュアンスをゼロにすることは
現実的ではないこともあります。
それでも、
観察から生まれた言葉は、
相手に静かに届くことが多いものです。
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おわりに
今回の記事は、
ある営業所長との対話をきっかけに、
「褒める」と「承認」という
二つの言葉について整理してみたものです。
「褒める」という言葉は、
日常のマネジメントの中でも
よく使われる言葉です。
ただ、その言葉を少し構造的に見てみると、
評価という関係が生まれることがあります。
その評価が強くなると、
人の判断の軸が
少しずつ外側に移っていくこともあります。
一方で、
観察した事実を言葉にする「承認」は、
行動の視点を
その人自身の内側に戻します。
もちろん、
現実の対話の中で
評価のニュアンスを完全にゼロにすることは
簡単ではありません。
それでも、
観察から生まれた言葉は、
相手の行動に静かに光を当てます。
マネジメントの現場でも、
日々の対話の中でも、
そんな言葉が
少しずつ増えていくといいなと思います。
そしてもう一つ、
この対話のあとに残った問いがあります。
なぜ、
評価を含む「褒める」は
判断の軸が外側に移りやすく、
観察から生まれる「承認」は
判断の軸を外に出しにくいのでしょうか。
この違いは、
言葉の問題だけではなく、
人の認知の働きにも
関係しているように思います。
この話は、
また別の記事で整理してみたいと思います。

