①はじめに
先日、とある管理職のクライアントさんとのコーチングセッションで、こんな話になりました。
「経営方針や新しい施策を聞くと、どうしても“うーん”と引っかかる部分があるんです。」
実はこのテーマ、さまざまな企業の管理職の方をコーチングさせていただく中で、時々話題にのぼります。
現場を日々見ているからこそ、経営層が描く理想と、現場のリアルとの間にギャップを感じる──これは決して珍しいことではありません。
会議や説明会で経営陣の話を聞きながら、「本当に現場の状況をわかっているのかな」と心の中でつぶやいた経験がある方も多いのではないでしょうか。
その違和感は、あなたが現場を知っている証拠でもありますが、一方で、経営との距離を感じるきっかけにもなり得ます。
今回は、そんな“違和感”を抱えたときに、異なる価値観を受け入れつつ、現場の声を経営に届ける「橋渡し」のスキルについて考えていきます。
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② 管理職が直面しやすい3つの壁
現場と経営の間に立つ立場だからこそ、管理職には特有の“壁”があります。
この壁は、本人の意識や努力だけでは越えにくく、気づかないうちにコミュニケーションや判断をゆがめてしまうことがあります。
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1. 価値観の固定化
長く現場を経験してきた分、「こうするのが正しい」という自分なりの“正解”がしっかり根付いています。
それは経験値として強みになる一方で、新しい考え方や施策を受け入れるときの柔軟性を奪ってしまうことがあります。
結果として、経営層の方針を「現場に合わない」と瞬間的に判断し、可能性を狭めてしまうこともあります。
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2. 経営層との距離感
経営陣が決めた方針や施策も、その背景や意図を知らなければ「なぜこれをやるのか?」という疑問だけが残ります。
特に大きな組織では、経営会議や戦略策定のプロセスに直接関わる機会が少なく、どうしても“上から降ってきた感”が強くなりがちです。
その距離感が、信頼関係や理解の深さに影響を与えます。
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3. 現場視点の“翻訳”不足
現場の不満や課題をそのまま経営層に伝えても、必ずしも動いてもらえるわけではありません。
経営層は全社的な視点で判断するため、数字・影響度・リスクといった尺度で情報を求めます。
一方で、経営方針を現場にそのまま伝えても、抽象的すぎて「で、何をすればいいの?」となってしまうことも少なくありません。
この“翻訳不足”が、現場と経営の間に誤解や温度差を生む大きな原因になります。
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この3つの壁を意識できるだけでも、日々の会話や会議でのスタンスが変わってきます。
次の章では、この壁を乗り越えるためのステップをお伝えします。
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③ 壁を越えるための3つのステップ
現場と経営の間にある壁は、一気に壊す必要はありません。
むしろ、日々の会話ややり取りの中で少しずつ“通り道”を広げていくことが現実的です。
ここでは、管理職として意識したい3つのステップをご紹介します。
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ステップ1「まず受け取る姿勢を保つ」
経営層から新しい方針や施策が伝えられたとき、賛否や是非を判断する前に、一度 自分の中で「背景や意図をまるごと受け取る時間」をつくります。
この時点で「現場には合わない」と決めつけてしまうと、情報の幅が狭まり、対応策も限定的になります。
背景理解を深めるための質問例:
• 「この施策の狙いは何ですか?」
• 「どの指標や数字に影響を与える想定ですか?」
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ステップ2「現場と経営の言語を行き来する」
現場の声をそのまま経営に伝えるのではなく、経営層が判断に使いやすい形に変換します。
例えば「作業が増えて大変」という声なら、作業時間の増加や人員配置の影響を数値化して示す。
逆に、経営方針を現場に伝えるときは、「売上10%アップ」という目標を「具体的に何をどう変えるのか」という行動レベルまで落とし込みます。
この翻訳作業があることで、双方の理解が深まり、動きやすくなります。
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ステップ3「異なる価値観の接点を探す」
経営と現場では、守りたいもの・重視するものが違う場合があります。
しかし、よく話を聞くと「組織を成長させたい」という目的は共通していることが多いもの。
対立する意見の中にも共通ゴールを見つけ、「ではそのためにどこで歩み寄れるか」を探ります。
接点が見えた瞬間、対立は協力の土台に変わります。
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この3つのステップは、特別な会議やイベントのときだけでなく、日常的なやり取りにも活かせます。
一方的な主張や押し付けではなく、相互理解の通路をつくること──それが管理職の橋渡し力を高める第一歩です。
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④ 実践イメージ──一つのやり方として
例えば、経営方針説明会で新しい施策が発表されたとします。
あなたは聞いた瞬間、「これは現場には負担が大きいのでは…」と感じるかもしれません。
ここで多くの人は、すぐに反論や否定の言葉を頭に浮かべてしまいます。
そんな時に、前の章でご紹介した3つのステップを実際に行うイメージをご紹介します。
【ステップ1|受け取る】
その場では意図や背景を丁寧に聞き、必要があれば後日、担当役員や関連部署に質問をして情報を補います。
「なぜこの時期に?」「狙っている成果は?」といった問いを通じて、施策の“裏側”を知ることができます。
次に
【ステップ2|翻訳する】
現場から聞こえてくる懸念や課題を、経営層が理解しやすい形に変換します。
「負担が増える」ではなく、「この業務に週5時間の追加工数が必要になり、結果としてA案件の納期に影響が出る可能性がある」といった具合です。
逆に、経営の狙いを現場に伝えるときは、「売上10%アップ」という数字目標を、「この製品の提案回数を週○件増やす」という行動に落とし込みます。
そして
【ステップ3|接点を探す】
経営の意図と現場の懸念の中で、共通の目的を探ります。
「売上アップ」というゴールは共有できるなら、負担を軽減しつつ成果を出す方法を一緒に考える──例えば優先度の低い業務を一時的に減らす提案などです。
こうして“受け取る→翻訳する→接点を探す”という流れを踏むことで、
一方的な意見のぶつけ合いではなく、相互理解に基づいた橋渡しが可能になります。
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⑤ 橋渡し力を支える3つの能力と鍛え方
ここまでご紹介した「受け取る → 翻訳する → 接点を探す」という流れは、意識すれば誰でも取り入れられます。
ただし、その土台にはいくつかのスキルが必要です。
このスキルが育っているほど、日常的な会話や会議の中で自然に橋渡しができるようになります。
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1. 意図を理解するための質問力
経営層からの説明や新しい施策を聞いたとき、その“背景や狙い”まで理解できているかどうかで、その後の動きやすさは大きく変わります。
表面的な説明に留まらず、「なぜ」「何を」「どうやって」という3つの視点で掘り下げる質問を意識しましょう。
• フレーム(WHY → WHAT → HOW)
1. WHY:なぜこれをやるのか(背景・目的)
2. WHAT:何を変える/実現するのか(成果・指標)
3. HOW:どう進めるのか(方法・プロセス)
• 鍛え方:自分が質問をしない場面でも、頭の中でこの3ステップを組み立てる練習をしておく
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2. 翻訳能力(現場 ⇔ 経営)
経営と現場では使う言葉や判断基準が違います。
橋渡しをするためには、相手が理解・判断しやすい“言語”に変換する力が不可欠です。
• 経営 → 現場:数字や戦略を、日々の行動レベルまで具体化する
• 現場 → 経営:感覚的な声や不満を、数字・影響度・リスクに置き換える
• フレーム(3C変換)
1. Concrete(具体化):「抽象的な方針」を現場が動ける形にする
2. Calculate(数値化):感覚的な課題を時間・コスト・成果の数字に変える
3. Context(文脈化):相手の視点や優先事項に合わせた説明にする
• 鍛え方:報告や説明の前に「相手が重視しているのは何か?」を先に推測する習慣を持つ
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3. 共通の目的を探る調整力
経営と現場では、守りたいものや優先順位が異なることがあります。
しかし、その奥には意外と共通するゴールが隠れています。
それを見つけ、歩み寄る道を設計するのが調整力です。
• フレーム(GAP → GOAL → BRIDGE)
1. GAP:双方のズレを洗い出す
2. GOAL:共通のゴールを明確にする
3. BRIDGE:そのゴールに向けた歩み寄り策を考える
• 鍛え方:意見が割れた場面で、「相手の最終目的は何か?」を紙に書き出す習慣をつける
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これら3つの能力は、日常の会話や打ち合わせの中で意識して使い続ければ、自然と自分の中に定着し、橋渡し役としての信頼と存在感が高まっていきます。
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⑥ まとめ
経営と現場の間に立つ管理職は、しばしば“違和感”を抱えます。
それは、現場を知り尽くしているからこそ生まれる感覚であり、決して悪いことではありません。
むしろ、その違和感をきっかけに経営と現場の橋渡し役としての価値を発揮できるチャンスがあります。
今回お伝えした
• 受け取る姿勢
• 翻訳する力
• 共通の目的を探す調整力
この3つは、会議や説明会といった特別な場面だけでなく、日常的なやり取りの中でも磨けます。
次に経営方針や新しい施策が発表されたときは、まず「なぜ」「何を」「どうやって」を意識して受け取り、
現場と経営の間で“言語”を変換し、共通のゴールを探す──そんな一歩から始めてみてください。
橋渡し役として信頼される管理職は、組織の中で欠かせない存在になります。
そしてその信頼は、あなた自身のキャリアを大きく広げる力にもなるはずです。