期待されているのに、なぜ影響力を発揮しづらいのか── 現場で評価されてきた人が、次の役割に向かうときに起きていること

① はじめに|評価と手応えが、なぜか噛み合わない

現場では、一定の成果を出している。
上司や責任者からも、明確に期待されている。
本人もその期待を、プレッシャーではなく「意気に感じて」前に進もうとしている。

それなのに、
どこか手応えが噛み合わない。

リーダーシップを発揮しようとすると、
前に出きれない感覚が残る。
言っていることは間違っていないはずなのに、
周囲に強い影響力を持てている実感が薄い。

評価されていないわけではない。
成果が出ていないわけでもない。

それでも、

「自分は、いま何を求められているのだろうか」
そんな問いが、ふと頭をよぎることがある。

この違和感は、決して珍しいものではありません。
むしろ、現場で評価されてきた人ほど通りやすい地点だと感じています。

ここで起きているのは、
能力不足でも、意欲の欠如でもありません。
「まだ足りない」「向いていない」という話でもないのです。

実際には、

評価されてきた役割と、
これから期待されている役割が、
少しずつズレ始めている

そんなことが起きているように、ぼくには見えます。

現場で結果を出す力と、
周囲に影響を与える力は、
似ているようで、使いどころが違います。

その切り替えが、
はっきりと言葉で説明されることは多くありません。
そのため、この違和感はしばしば
「自分の中の問題」として、静かに引き取られていきます。

けれど本当は、
これは個人の内面だけで完結する話ではありません。

組織の中で、
評価や期待がどのようにつくられているのか。
役割がどのように切り替わっていくのか。

その構造を少し引いて見てみると、
この違和感の正体は、
別の輪郭を持って見えてきます。

この記事は、
とある20代後半で、現場で活躍しているクライアントさんとの対話をきっかけに、
この「評価と手応えのズレ」について、改めて考えてみたいと思ったことから書き始めました。

——ここから先では、
この違和感を生みやすい
「言語化されていない前提」について、少し整理していきます。

② 言語化されていない前提が、評価の裏側で働いている

多くの組織を見ていると、
はっきりと言葉にされてはいないけれど、
評価や役割の与え方の裏側で、ある前提が静かに働いているように感じることがあります。

それは、
• 現場で成果を出してきた人
• 現場で頼りにされてきた人

が、次の役割として
リーダーや管理職を期待されやすい、という流れです。

誰かが会議の場で
「現場で優秀だから、管理職にも向いている」
と明言しているわけではありません。

けれど、
• 昇格のタイミング
• 任される仕事の種類
• 育成の順番

を眺めてみると、
結果として、そうした流れになっている組織は少なくないように思います。

この前提は、とても自然です。
現場で成果を出してきた人を評価したい。
次のステップに進んでほしい。
そう考えること自体に、違和感はありません。

問題があるとすれば、
その前提が言語化されないまま共有されていることです。

現場で評価されてきた力と、
これから期待されている力が、
同じものなのか、違うものなのか。
その切り替えについて、
きちんと立ち止まって話されることは多くありません。

その結果、
• 役割だけが少しずつ変わっていく
• 期待の中身が、言葉にならないまま膨らんでいく

という状態が生まれます。

現場ではうまくやれていた。
周囲からも評価されてきた。
それなのに、役割が変わった途端に
影響力を発揮しづらくなる。

このとき起きているのは、
能力が足りなくなったわけでも、
急に向いていなくなったわけでもありません。

これまで評価されてきた力と、
これから求められている力の種類が、
少しずつズレてきている

そんな変化が、
本人にも、周囲にも、
十分に共有されないまま進んでいるだけです。

このズレが厄介なのは、
誰も悪意を持っていない、という点です。

組織側も、
「期待しているからこそ任せている」。
本人も、
「期待に応えたいと思っている」。

だからこそ、この違和感は
「自分の頑張りが足りないのかもしれない」
という形で、個人の内側に引き取られやすくなります。

けれど、少し引いて見てみると、
ここで起きているのは
個人の問題というより、構造の問題だと言えそうです。

次の役割に進むとき、
求められる仕事の中身がどう変わるのか。
どんな力を、どんな形で使うことが期待されているのか。

それが十分に言葉にされないまま、
評価だけが先に動いてしまう。

この「言語化されていない前提」こそが、
評価と手応えのズレを生みやすくしている背景なのではないか。
ぼくは、そんなふうに感じています。

③ この前提が生みやすい、静かなズレ

言語化されていない前提のもとで役割が切り替わっていくと、
組織の中では、ある種の「静かなズレ」が生まれやすくなります。

それは、大きな衝突や明確な失敗として表に出るものではありません。
むしろ、日常の中に、違和感としてじわじわと現れてきます。

たとえば、
• 任される仕事が、少しずつ変わってきた
• 周囲からの期待が、以前とは違う方向を向き始めた
• それなのに、自分が何を軸に振る舞えばいいのかが、はっきりしない

そんな状態です。

現場で評価されてきた人ほど、
「これまで通りやっていればいいはずだ」と感じやすいものです。
実際、それまではそれでうまく回ってきました。

さらに多くの場合、
そのやり方こそが、
自分の強みであり、評価されてきた理由そのものだと感じています。

だからこそ、

「ここを変える必要があるのだろうか」
「このやり方を手放してしまっていいのだろうか」

そんな迷いが生まれるのも、自然なことです。

ところが、ある時点から、
• 自分が前に出ても、場が思うように動かない
• 良かれと思ってやっていることが、少しズレて受け取られる
• 周囲との距離感が、微妙に変わった気がする

そんな感覚が出てくることがあります。

それでも、影響力が思うように立ち上がらない。

ここで起きているのは、
能力の低下とかではなく

これまで評価されてきた振る舞いと、
いま期待されている振る舞いが、
少しずつズレ始めている

ということだと、ぼくは思っています。

ただし、このズレはとても見えにくい。
なぜなら、評価の言葉そのものは、
以前と大きく変わらないことが多いからです。

「期待している」
「任せたいと思っている」

そう言われながらも、
具体的に何をどう変えるべきなのかは、
はっきり示されない。

その結果、
• 期待されているのに、手応えがない
• 任されているのに、影響力が及ばない

という状態が続いていきます。

そしてこの違和感は、
多くの場合、本人の内側で処理されます。

「自分の伝え方が悪いのかもしれない」
「もっと実績を積めばいいのかもしれない」
「まだ自分には早いのかもしれない」

そうやって、
静かに引き取られていく。

評価の前提が変わり始めているのに、
その変化が共有されないまま、
役割だけが先に進んでいる。

この「静かなズレ」こそが、
影響力を発揮しづらくなる正体なのではないか。
ぼくには、そんなふうに見えます。

④ 数字や専門性が“使えなくなっていく場面”で、影響力が試される

影響力が発揮しづらくなる場面には、ある共通点があります。
それは、これまで評価の拠り所になってきたものが、そのまま効きにくくなっていく場面です。

たとえば、
• 数字で押し切れない
• 専門性の高さを示しても、判断が進まない
• 「正しいこと」を言っているだけでは、場が動かない

そんな状況です。

現場で評価されてきた人ほど、
これまでの成功体験の中に、
「これを出せば通る」という手応えを持っています。

数字。
実績。
専門知識。

それらは、現場では確かに強い力を持ってきました。

けれど、役割が変わると、
それらを前面に出しても、以前ほど影響力が発揮されない場面が増えてきます。

たとえば、
• 顧客満足度向上の取り組みのように、
成果は数値として示されていても、
その意味や手応えが見えにくい仕事
• 会議や調整のように、
誰かを論破しても前に進まない場面
• 横断的な取り組みのように、
正解が一つではなく、合意の質が問われる状況

こうした場面では、

「どれだけ数字が上がっているか」
「どれだけ詳しいか」

といった要素よりも、

どんな視点で、この場を見ているのか

が、問われるようになります。

ここで、多くの人が戸惑います。

これまで頼ってきた武器を使っているはずなのに、
思ったほど場が動かない。
だから、どう振る舞えばいいのかが分からなくなる。

前に出るべきなのか。
一歩引くべきなのか。
強く言うべきなのか。
待つべきなのか。

判断の軸が、
これまでよりも曖昧になります。

けれど、ここで試されているのは、
発言の強さや説得力ではありません。

試されているのは、
• 何を大事にしようとしているのか
• この場で、何を揃えたいのか
• どんな前提を、共有しようとしているのか

そうした、判断の背景です。

数字や専門性が効きにくくなっていく場面では、
判断そのものよりも、
判断に至る考え方が影響力になります。

だからこそ、
• 正解を出そうとしすぎる
• うまくまとめようとしすぎる

ほど、場は動きにくくなります。

一方で、

「いま、この場で大事にしたいのは何か」
「この議論で、何が揃えば前に進めそうか」

そうした問いを、
場に差し出せる人がいると、
少しずつ空気が変わり始めます。

影響力とは、
誰かを動かす力というよりも、

人が動ける状態をつくる力

なのかもしれません。

数字や専門性が、
以前ほど効かなくなっていく場面は、
不安定で、手応えがなく、
できれば避けたくなる場所でもあります。

けれど同時に、
そこは、影響力の質が切り替わり始める場所でもあります。

現場で評価されてきた人が、
次の役割に進むとき、
最初に立たされるのが、
この「数字や専門性が効きにくくなる場面」なのではないかと、
ぼくは感じています。

⑤ なぜ“今”、これまでの強みとは違う役割を任されているのか

ここまで読んでくると、
ひとつの疑問が浮かんでくるかもしれません。

「なぜ、今の自分が、
これまで評価されてきた強みとは少し違う役割を任されているのだろうか」

評価もされている。
現場では、頼られてもいる。
それなのに、
• 成果がすぐに見えにくいテーマ
• 正解が一つではない取り組み
• 周囲との調整や、場づくりが求められる役割

が、増えていく。

このとき、多くの人は、
どこかでこう感じます。

「まだ、自分はそこまでではないのではないか」
「これまでの強みを活かすために、
この役割から降りた方が良いのではないか」

けれど、少し視点を変えてみると、
別の見え方もあります。

それは、

その役割は、
これまでの強みを評価された結果だけではなく、
次の役割に向けた“準備”として渡されているのではないか

という見方です。

現場で発揮してきた強みは、
これからも大事です。
ただ、役割が変わっていくと、
• 自分が前に出て解決する
から
• 人や関係性を通して、状況が整うのを支える

という位置に、
少しずつ重心が移っていきます。

この移行は、
いきなりは起こりません。

まずは、
• これまでの強みだけでは前に進まない場に立ってみる
• 成果が見えにくい仕事を引き受けてみる
• 人や空気を扱いながら、場を動かしてみる

そんな経験を通して、
影響力の質を切り替える時間が置かれます。

これまでの強みが、
そのままでは効きにくい場面に、
あえて立たされる。

それは、
• 期待されていないから
• 信頼されていないから

ではありません。

むしろ、

強みを一度脇に置いたとき、
どんな視点で場を見て、
どんな関わり方を選ぶのか

を、見られているのではないか。
そんなふうにも考えられます。

場をどう見るのか。
誰の声を拾おうとするのか。
どんな問いを立てるのか。

そこには、
管理職としての資質が、
とても静かな形で現れます。

だからこそ、この段階では、
• うまくまとめられなくてもいい
• 正解を出せなくてもいい

代わりに、

「何を大事にしようとしているのか」
「この場を、どう扱おうとしているのか」

その姿勢そのものが、
次の評価軸になっていきます。

これまでの強みとは違う役割を任されるというのは、
負荷が増えることでもあり、
手応えが減ることでもあります。

けれどそれは同時に、

役割が切り替わる前に与えられる、
とても実践的な“練習の場”

でもあります。

この時間を、
「本筋ではない仕事」と捉えるか、
「次に進むための準備」と捉えるかで、
その後の見え方は大きく変わります。

ぼくは、
このタイミングで任される役割の質に、
その人への期待が、
かなり正直に表れているように感じています。

⑥ この局面で、影響力が立ち上がり始める人の共通点

この局面で、
影響力が少しずつ立ち上がり始める人たちには、
いくつかの共通点があります。

それは、
特別なスキルや、強い主張を持っていることではありません。

むしろ、
**「何をしなくなったか」**のほうに、
その兆しが現れます。

まずひとつは、
自分の強みを、使おうとしすぎなくなることです。

数字で語れる。
専門性で説明できる。
現場の感覚もある。

そうしたものを「出せば通る武器」として
前に押し出すのではなく、

「今、この場でそれは本当に必要だろうか」

と、一拍置けるようになります。

強みを捨てるわけではありません。
ただ、強みを主役にしない時間が増える

この切り替えが起き始めると、
場の見え方が変わってきます。

次に、
答えを出す前に、場を整えようとするようになります。

何が正しいか。
どう決めるべきか。

そうした思考よりも先に、
• いま、この場はどんな状態なのか
• 誰が、どこで引っかかっているのか
• 何が、まだ揃っていないのか

を見ようとする。

議論を前に進めるために、
何かを「言う」よりも、
何を「共有するか」を選び始めます。

その結果、
本人の発言量が減ることもあります。

けれど、不思議と、
場は前より動きやすくなる

もうひとつの共通点は、
自分の立ち位置を、固定しなくなることです。

前に出る。
一歩引く。
誰かに任せる。

そのどれかを「自分の役割」と決め打ちせず、
場に応じて立ち位置を変えていく。

ここには、

「自分がどう見られるか」
よりも
「この場がどう進めばいいか」

という関心の移動があります。

この関心の向きが変わると、
周囲の受け取り方も変わります。

「指示された」
ではなく
「考えやすくなった」

「動かされた」
ではなく
「動ける状態になった」

そんな感覚が、
少しずつ周囲に広がっていきます。

影響力が立ち上がるとき、
本人の中に
はっきりした手応えがあるとは限りません。

むしろ、
• 以前より発言を控えるようになった
• 前より注目されることが少なくなった
• 自分の役割を、説明するのが難しくなった

そんな実感を伴うこともあります。

けれど、その裏側で、
• 話がまとまりやすくなっている
• 人が動くスピードが上がっている
• 小さな合意が、静かに積み重なっている

という変化が起き始めます。

そして多くの場合、
この力が立ち上がり始めたあとで、
あなた自身が、影響力の変化を実感するようになります。

この局面で立ち上がる影響力は、
「引っ張る力」ではありません。

人が動きやすい状態を、
繰り返しつくっていく力

です。

それは派手ではありません。
結果も、すぐには見えにくい。

けれど、
あなたに、これまでとは違う役割を求め始めた組織の中では、
確実に必要とされる力です。

⑦ 期待されているのに、影響力を発揮しづらいと感じているあなたへ

もし今、
• 評価はされている
• 期待も、感じている
• けれど、以前のような手応えがない

そんな状態にいるとしたら、
それは、何かが足りないからではないのだと思います。

むしろ、
扱うものが変わり始めているのかもしれません。

これまで、
あなたが現場で積み上げてきた強みは、
間違いなく価値のあるものでした。

結果を出してきたこと。
頼られてきたこと。
自分なりのやり方をつくってきたこと。

それらがあったからこそ、
今の場所に立っています。

ただ、役割が切り替わり始めると、
同じ強みを、同じ使い方では活かせなくなる瞬間があります。

それは、
• 強みが通用しなくなった
• 評価が下がった

という話ではありません。

強みの使いどころが、
少しずつ変わってきている

ということなのだと、ぼくは感じています。

この時期に感じる違和感は、
成長のサインとしては、とても静かです。

派手な成功も、
分かりやすい称賛も、
すぐには返ってこない。

だからこそ、

「自分は、ちゃんと期待に応えられているのだろうか」
「このまま進んでいいのだろうか」

そんな問いが、
心の中に残り続けます。

けれど、その問いが生まれていること自体が、
すでに次の役割に足を踏み入れている証でもあります。

これから求められていくのは、
• 前に出て答えを出す力
よりも
• 人が動ける状態をつくる力

かもしれません。

自分が目立たなくても、
場が前に進む。

自分が話さなくても、
対話が深まる。

そんな変化は、
最初はとても心細く感じられるかもしれません。

けれど、
その静かな変化の中でしか育たない影響力も、
確かに存在します。

もし今、

「影響力を発揮できていない気がする」

と感じているなら、
それは、影響力を失っているのではなく、
影響力の質が切り替わる途中にいるだけなのかもしれません。

焦らなくていい。
無理に、以前の自分に戻らなくてもいい。

今、目の前で起きている違和感を、
「足りなさ」ではなく、
「役割の変わり目」として扱ってみてください。

あなたが、
これまで積み上げてきたものは、
この先も、ちゃんと土台になります。

その上に、
少し違う形の影響力が、
静かに立ち上がっていく。

ぼくは、
多くの人のその過程を見てきて、
そう感じています。

自信でも信頼でもない。「これでいい」と感じられる感覚について

はじめに

先日、とあるクライアントさんとの対話の中で、
こんな言葉がふとこぼれました。

「ちゃんとやってきたと思うんです。
でも、自信があるかと言われると……正直、わからなくて」

手を抜いてきたわけじゃない。
逃げてきたつもりもない。
任された仕事には向き合ってきたし、
周囲からの評価も、決して悪くはない。

むしろ、
「頼りにされている側」だった時間のほうが長い。

それなのに、
立ち止まったときにだけ、
小さな違和感が残る。

「私は、本当にちゃんとやれているんだろうか」
「これって、実績と言えるんだろうか」

長年コーチングをさせていただく中で、
この感覚は、決して珍しいものではないと感じています。

特に多いのが、
数値や成果指標に置き換えにくい強みを持ち、
場の空気を整えたり、
人の話を丁寧に受け取ったり、
関係性を壊さずに物事を前に進めてきた人たち。

いわゆる「人柄がいい人」ほど、
この感覚を抱えやすい。

数字で語れる成果が少ない。
肩書きにすると、少し説明が長くなる。
誰かの代わりに調整したこと、
場が荒れないように先回りして動いたこと、
問題が大きくならないように水面下で処理したこと。

そういう仕事ほど、
あとから振り返ると
“何も残っていない”ように見えてしまいます。

でも、不思議なことに──
そういう役割を担ってきた人ほど、
なぜか次も声がかかる。

「あなたにお願いしたい」
「いてくれると助かる」

評価はされている。
信頼も、たぶんされている。
それでも、なかなか確信を持てない。

この記事で扱いたいのは、
「自信を持つ方法」でも
「信頼を集める方法」でもありません。

自分らしさや強みが発揮されているときの、
あの内側にエネルギーが通る感覚を、
自分自身が認識できるようになること。

そこから生まれる
「これでいいんだ」という静かな力強さについて、
いくつかの対話をもとに、
少しずつ言葉にしてみたいと思います。

第1章|なぜ「ちゃんとやれている感覚」だけが、手元に残らないのか

――「足りない」のではなく、「認識できていない」だけかもしれない

ちゃんとやってきた人ほど、
「自分はまだまだだ」と感じやすい。

これは不思議な現象ですが、
長くコーチングに関わっていると、
かなり一貫して見えてくる傾向でもあります。

声が大きいわけでもない。
前に出るタイプでもない。
でも、いると場が落ち着く。
話が前に進む。
大きな問題にならずに、物事が収まっていく。

そういう人が、
あとになってこう言うのです。

「自分が何をやっているのか、
うまく言葉にできなくて」

外から見ると、
ちゃんと機能している。
周囲も、うすうすそれを感じている。

それでも本人の中では、
「手応え」として残らない。

その理由は、
やっていることの多くが、
自分自身では把握しにくい形で起きていること
にあると、ぼくは思っています。

やっていることの多くが、
“起きなかったこと”だからです。

衝突が起きなかった。
関係が壊れなかった。
混乱が大きくならなかった。
誰かが孤立しなかった。

それらは成果として数えにくく、
評価シートにも残りづらい。

けれど、
それがなければ成立しなかった場や仕事が、
確かに存在しています。

多くの人は、
結果や評価を通してしか
自分の状態を確認する方法を持っていません。

数字が出たか。
昇格したか。
表彰されたか。
役職がついたか。

それらは確かにわかりやすい指標です。
でも、すべての仕事が
そこに回収されるわけではありません。

関係性を整える。
言葉にならない違和感を先に拾う。
誰かが言いづらいことを代わりに受け止める。
全体の流れを止めずに、軌道修正する。

これらは、
発揮されているときほど、目立たない。

そしてもうひとつ。

こうした役割を担ってきた人ほど、
「自分がやった」という感覚を
持ちにくいことがあります。

それは、
やっていることが
自分にとってはあまりにも自然で、
ともすると簡単にできてしまうことだからです。

空気を読む。
場の流れを感じ取る。
誰かの言葉の奥にある意図を汲み取る。
衝突が起きる前に、そっと軌道を戻す。

それらは本人にとっては、
「特別なことをした」という感覚が
残りにくい。

でも実際には、
他の人にとっては、なかなかできないこと
である場合が少なくありません。

ただ、その違いを、
本人自身が知らない。

だから、

うまくいったのは、たまたま。
周りが良かった。
運が良かっただけ。

そんなふうに、
自分の関与を無意識に小さく見積もってしまう。

力が出ていないわけではない。
むしろ、出ている。

ただ、そのエネルギーが
外に流れっぱなしで、
自分の内側に戻ってきていない。

だから、
「これでいい」という感覚に結びつかない。

この章でお伝えしたいのは、
自信を持ちましょう、という話ではありません。

「あなたはもう十分です」と
誰かに言ってもらう話でもありません。

まずは、
自分らしさや強みが発揮されている状態を、
自分で認識できるようになること。

そこが整い始めると、
外の評価が増えなくても、
内側の力は、静かに戻ってきます。

次の章では、
その感覚を失いやすくなる
“消耗”の話をします。

なぜ、力を出してきた人ほど、
一度、立ち止まる必要が出てくるのか。
そこを丁寧に見ていきましょう。

第2章|なぜ、力を出してきた人ほど「一度、立ち止まる」必要が出てくるのか

これまでの話をここまで読んで、
「自分のことかもしれない」と感じた人もいるかもしれません。

自分らしさや強みは、たしかに発揮されている。
周囲からの信頼も、一定ある。
それでも、どこかで息切れする。

ある時期を境に、
体が重くなったり、
判断が鈍ったり、
今まで自然にできていたことが、
急にしんどくなる。

それは、
力が足りなくなったからではありません。

むしろ逆で、
力を出し続けてきたからこそ
起きる現象だと、ぼくは感じています。

第2章で触れたように、
こうした人たちは、
自分の強みを「強みとして」使っている感覚がありません。

空気を整える。
関係性の流れを感じ取る。
誰かの言葉を受け取り、場に返す。

それらはあまりにも自然で、
本人の中では
「何かをしている」という認識が起きにくい。

でも実際には、
本人が気づかないまま、
エネルギーは使われています。

成果として回収されるわけでもなく、
言葉として戻ってくることもない。

だから、
使っているのに、
使った感覚が残らない。

ここで起きているのは、
エネルギーの使いすぎではなく、
使っていることに気づけていないという状態です。

自分では気づかないまま、
じわじわと消耗が進む。

そしてあるタイミングで、
体や心が先にブレーキをかける。

「ちょっと、止まってほしい」
そんなサインとして、
体調不良や迷い、
理由のはっきりしない違和感が現れることがあります。

ここで大事なのは、
この立ち止まりを
「失速」や「後退」と捉えないことです。

これは、
調整です。

これまで外に向けて出し続けてきたエネルギーを、
一度、自分の内側に目を向けるための時間。

出すことと、エネルギーを整えること
その切り替えのタイミングが来ているのだと思います。

それなのに、
「まだ頑張れるはず」
「止まったら価値がなくなる気がする」

そうやって、
無理に動き続けようとすると、
回復ではなく、消耗が深まってしまう。

立ち止まることは、
何かを諦めることではありません。

自分の力を、
これからも使い続けるために、
向きを変えることです。

ここで初めて、
第2章で触れた問いが、
自分事として立ち上がってきます。

――
自分らしさや強みは、
いま、どんな形で発揮されているのか。
――
それを、自分は認識できているだろうか。

一度立ち止まり、
自分の状態を感じ直すことができると、
エネルギーは少しずつ、
内側に整い始めるはずです。

次の章では、
この「整い始めたエネルギー」を、
どうやって言葉にし、
日常の中で確かめていくのか。

「これでいいんだ」という感覚を、
自分の足元に取り戻すための
具体的な視点について、
整理していきます。

第3章|どうやって「発揮できている状態」を認識していくのか

ここまで読んで、
「じゃあ、どうすればいいのか」と思った方もいるかもしれません。

何か新しいスキルを身につける必要があるのか。
もっと自己分析を深めたほうがいいのか。
強みを言語化するフレームワークを学ぶべきなのか。

でも、ここでお伝えしたいのは、
何かを“足す”話ではありません。

大切なのは、
すでに起きていることに、
自分で気づけるようになることです。

「うまくいったか」ではなく、「どんな状態だったか」を見る

多くの人は、
出来事をこう振り返ります。

・成果が出たか
・評価されたか
・期待に応えられたか

もちろん、それも大切です。
でもこの記事で扱っているのは、
もう一段、手前のところ。

そのとき、自分はどんな状態だったか。

たとえば、こんな感覚です。

・心地よさがあったか
・自動的に動けている感じか
・広がっていたか
・静かだったか
・エネルギッシュだったか
・淡々としていたか

ここには、
正解も不正解もありません。

「こう感じるべき」という答えもない。
ただ、思い出そうとするだけでいい。

「できたこと」より、「自然だったところ」を拾う

強みが発揮されているとき、
多くの場合、
本人の感覚はとても地味です。

うまくやった感じがしない。
達成感もそれほどない。
むしろ、

「あっという間だった」
「特別なことをした気がしない」

そんな感覚で終わることのほうが多い。

もし、
「考える前に動いていた」
「頑張ろうとしなくても進んでいた」
そんな場面が思い当たるなら、

それは
自分らしさが自然に機能していたサイン
かもしれません。

ここで大事なのは、
無理に言葉をまとめようとしないことです。

「私は〇〇が得意だ」と
結論づけなくていい。

それよりも、

・どこで判断を挟んでいなかったか
・どこが一番スムーズだったか
・どこが一番“無音”だったか

そんなふうに、
体感の輪郭をなぞるくらいで十分です。

強みは、
自分が誇れるポイントとして
最初から自覚できるものではありません。

むしろ、あなたが
「こんなの誰でもできる」と思っているところ
に隠れていることのほうが多い。

「これでいいんだ」は、あとから静かにやってくる

「これでいいんだ」という感覚は、
意気込んでつくるものではありません。

何かを達成した瞬間に
ドン、と訪れるものでもない。

むしろ、
こうした小さな確認を重ねたあとに、
ふと気づくものです。

・前より疲れていない
・同じことをしているのに、余白がある
・無理に証明しようとしなくなった

そんな変化として、
静かに現れます。

それは、
自信とも少し違う。
信頼とも、少し違う。

自分のエネルギーが、
自分の中で循環し始めた感覚
と言ったほうが、近いかもしれません。

そして、こうした確認を重ねていくと、
「自分らしさ」や、
本来の自分との一致感を
ふと感じられるようになることもあります。

何かを足したというより、
ずれていたものが、
静かに整ってきたような感覚です。

この記事を通してお伝えしたかったのは、
「もっと頑張ろう」という話ではありません。

すでに出ている力を、
自分でも感じ取れるようになること。

そのための視点を、
いくつか置いてみただけです。

もし今、
立ち止まる感覚や、
違和感を感じているとしたら。

それは、
何かが足りないサインではなく、
整えるタイミングが来ているサイン
なのだと思います。

そしてその整え方は、
外に答えを探すより、
自分の感覚に戻るところから始まります。

静かですが、
とても確かな一歩です。

おわりに

ここまで読んで、
何かを変えようとしなくても、
すでに動いているものがあると感じたなら、
それで十分だと思います。

気づくことは、
整え始めることでもあるから。

今はただ、
自分の感覚に、少しだけ耳を澄ませてみてください。

仕事はうまく回っているのに、違和感がある──管理職が立つ役割の切り替え期

「期待されている」自分に残る、説明しづらい違和感

ぼくはビジネスコーチとして、
これまで多くの方のキャリアや仕事の節目に立ち会ってきました。

今日は、その中でも、
とある企業の経営企画室長をされているクライアントさんとの対話
をきっかけに感じたことを、少し整理してみたいと思います。

あくまで一人の方との対話がきっかけではありますが、
同じような立場にある方には、
どこか重なる感覚があるかもしれません。

彼女との対話からは、
仕事はきちんと回っている。
判断に迷うことはあっても、手が止まることはない。
成果も一定水準では出せていることが伝わってきます。

むしろ組織の中では、
「安心して任せられる人」
「最後まできちんとやり切る人」
として見られていることの方が多いように見えます。

上層部からの評価も、決して低くありません。

ただ最近、
向けられている視線の質が、
少し変わってきたように感じている、ことも伝わってきます。

「もっと任せたい」というより、
「そろそろ殻を破ってほしい」
「これまでの延長ではない動きを見せてほしい」
──そんな、はっきりとは言葉にされない期待があるようです。

明確な指示があったわけではありません。
何かを求められていると、言葉で伝えられたわけでもありません。

それでも、
「次の段階に進むこと」を前提に見られているような感覚
が、どこかに残っている。

一方で、彼女自身の内側を見てみると、
不安で動けなくなっているわけでも、
自信を失っているわけでもないように感じられます。

やろうと思えば、
今のやり方で仕事は進められる。
迷いを抱えながらでも、
現実的な判断はできてしまう。

ただ、そこにひとつだけ、
うまく言葉にできない引っかかりが残っている。

どう変化していけばいいのか。
どう成長していけばいいのか。

上層部が期待している「殻を破る」という状態が、
自分の中で、まだ具体的なイメージとして結びきっていない。

そのため、
動けないというよりも、
期待の意味が、まだ十分に腑に落ちていない
そんな感覚に近いのかもしれません。

この違和感は、
「能力が足りないから」と単純に言い切れるものでも、
「やる気が下がったから」と片づけられるものでもなさそうです。

むしろ、
これまで誠実に役割を果たし、
周囲の期待に応えてきた人だからこそ、
ふと立ち止まる形で現れる、
とても静かで、説明しづらい感覚なのだと、
ぼくは感じています。

第1章|迷っているのに、仕事はちゃんと進んでしまう

迷っていないわけではありません。
ただ、その迷いは、仕事を止めてしまう種類のものではないようです。

彼女との対話からは、判断が必要な場面では判断できていることが伝わってきます。
会議では論点を整理し、現実的な落としどころを示すこともできる。
難しい調整役も、必要であれば引き受けられる。

だからこそ、日常業務は回っていきます。
多少の違和感を抱えながらでも、仕事は前に進んでしまう。
ここに、この違和感の扱いづらさがあるのかもしれません。

問題は「できない」ことではない

変化できない理由は、
しばしば「準備不足」や「能力不足」として語られます。

ただ、彼女の話を聞いていると、少し違う構図にも見えてきます。

これまで積み上げてきた経験がある。
現場も、組織全体も、どちらも見えている。
実行力も、周囲からの信頼も、すでにある。

少なくとも、「能力が足りないから動けない」と単純に言い切れる感じではありません。

それでも大きく踏み出す感覚がつかみにくいとしたら、
「次にどう変化すればいいのか」という像が、まだ自分の中で結びきっていない。
そんな状態に近いのかもしれません。

自己評価が低いというより、「慎重さ」が前に出ることがある

ご本人は、自分を過小評価しているつもりはないようです。
むしろ、現実を冷静に見ているだけだと感じている。

ただ、その冷静さはときに、
• どこまで踏み込めばいいのか
• どの変化が“やりすぎ”にならないのか

を慎重に見極めようとする姿勢につながっていきます。

その結果として、
大胆な一手よりも、確実に成立する一手を選び続けてきた。
そんな流れがあっても不思議ではありません。

そしてこれは弱さというより、
これまで信頼を積み上げてきた理由でもあるのだと思います。

ただ同時に、
役割が切り替わる局面では、その慎重さがブレーキとして働くこともあります。
(本人の意思というより、習慣や責任感の形で出てくることが多い印象です。)

「止まっている」のではなく、「まだ定義できていない」

この状態を「立ち止まっている」と表現すると、少し違和感が残ります。

実際には止まっていません。
今の役割の中では、きちんと前に進んでいます。

ただ、
• どう変化していけばいいのか
• どんな成長を求められているのか

が、まだ自分の言葉として定義しきれていない。

だから、行動できないというよりも、
変化の方向が、まだ像として結ばれていない
そんな状態に近いのではないでしょうか。

迷いながら進めてしまう人に起きやすいこと

この違和感は、
仕事がうまくいっていないときに出るものとは、少し質が違うように感じます。

むしろ、
• 周囲の期待に応えてきた人
• 組織の中核として機能してきた人
• 「任せれば大丈夫」と言われてきた人

そういう人ほど、静かに抱えやすい。

迷いながらでも進めてしまうからこそ、
どこで引っかかっているのかが、外からは見えにくい。
そして本人も、
「この程度の違和感で立ち止まっていいのだろうか」
と、自分にブレーキをかけてしまうことがあります。

この章のまとめ

第1章で扱っているのは、「停滞」そのものではありません。

役割の切り替えを前にして、
変化の定義が、まだ自分の中に定まりきっていない状態
ぼくには、まずはそう見えています。

次の章では、
なぜ未来は描けているのに、
その未来に向かう“動き方”だけが見えてこないのか。
その構造を、もう一段深く見ていきます。

第2章|未来は描けているのに、変化の仕方だけが見えてこない

不思議なことに、
彼女との対話を通して感じるのは、
未来そのものが見えていないわけではない、という点です。

5年後、組織がどうなっていたらいいか。
どんな状態であれば「うまくいっている」と言えそうか。

その輪郭は、かなり具体的です。

売上や利益といった数字の話だけではありません。
ブランドのあり方。
現場の空気。
そこで働く人たちの表情。

そうしたものを含めた
「こうありたい会社像」は、すでに言葉になっています。

見えていないのは「未来」ではない

それでも、なぜ動きづらさが残るのか。
ここで立ち止まって考えてみると、
少し違う見え方が浮かんできます。

見えていないのは未来そのものではなく、
「そこに向かう自分自身の変化の形」
なのかもしれません。

今の役割の延長で、
何を改善すればいいかは想像できる。
今の立場で、
何を最適化すればいいかも分かっている。

けれど、
• 今の役割を、どこまで越えていいのか
• 自分は、どんな存在へと変わっていく必要があるのか

そのあたりは、まだはっきりとした像になっていない。
そんな状態にも見えます。

「やるべきこと」は分かる。でも、しっくりこない

多くの管理職の方と話していると、
共通して出てくるのが
「やるべきこと」のリストです。

仕組みを整える。
数字を可視化する。
人を育てる。
部門間の連携を強める。

どれも間違いではありません。
実際、どれも必要なことです。

それでも、
「これでいいはずなのに、どこか引っかかる」
そんな感覚が残ることがあります。

それは、
それらが これまでの自分の延長線上にある動き
だからなのかもしれません。

上層部が期待しているのは、
改善の積み重ねそのものではなく、
見方や立ち位置が一段変わること
なのではないか。
そんな可能性も感じられます。

期待が、まだ腑に落ちきらない理由

「殻を破ってほしい」
「次の段階に進んでほしい」

そう言われている“気がする”。
けれど、その中身がはっきりしない。

そのため、
期待に応えられないというよりも、
期待の意味を、まだ自分の中で翻訳しきれていない
そんな状態になることがあります。

これは、理解力が足りないからではなさそうです。

むしろ、
組織の文脈や力学をよく分かっている人ほど、
安易な解釈を避けようとします。

その慎重さが、
「分かったつもりで動く」ことを、
無意識のうちに止めているのかもしれません。

未来像と行動の間にある「役割のズレ」

ここで起きているのは、
意欲と能力のズレ、ではありません。

未来像と、今担っている役割とのズレ
と捉えたほうが近いように思います。

今の役割は、
• 整える
• 回す
• 安定させる

ことを前提に設計されています。

一方で、
彼女が描いている未来は、
• 問いを立てる
• 前提を揺さぶる
• 方向性を示す

ことを必要としている。

このズレがある限り、
「何をすればいいか」は分かっても、
「どう変わればいいか」が見えにくい。
そう感じるのも、自然なことです。

動けないのではなく、「移行期にいる」

だからこれは、
決断力が足りない状態でも、
覚悟が足りない状態でもありません。

役割を移行している途中にいる
と考えるほうが、しっくりきます。

これまでの自分を完全には手放せない。
けれど、そのままでは足りないとも感じている。

その間に立たされたとき、
人は一度、動きがゆっくりになることがあります。

それは失速ではありません。
視点を切り替えるための減速
と捉えることもできそうです。

この章のまとめ

第2章で扱っているのは、
「なぜ動けないのか」という問いではありません。

なぜ、変化の像だけが結びにくいのか
という問いです。

次の章では、
このズレを生み出している背景としての
「役割の慣性」について、
もう少し踏み込んで見ていきます。

第3章|優秀な管理職がハマりやすい「役割の慣性」

ここまで見てきた違和感は、
個人の性格や意志の問題として片づけられるものではなさそうです。

ぼくがクライアントさんとの対話を通して感じるのは、
むしろ多くの場合、
役割そのものが持つ「慣性」 から生まれているのではないか、
という点です。

役割は、成果を出すほど人を固定されていく

管理職として成果を出してきた人には、
いくつか共通する特徴があります。
• 周囲の期待を正確に読み取れる
• 組織の空気を乱さずに前に進められる
• 「今、何をすべきか」を外さない

これらは、簡単に身につく力ではありません。
だからこそ評価され、任されてきたのだと思います。

ただ、その積み重ねの中で、
ひとつ見落とされがちな点があります。

役割は、成果を出せば出すほど、
「うまくいったやり方=正解の型」 を
少しずつ強化していく、ということです。

「うまくやってきたやり方」から、離れにくくなる

これまで評価されてきた行動を振り返ると、
そこには共通点が見えてきます。
• 周囲と合意形成をとる
• 現実的な落としどころを探す
• 波風を立てずに前に進める

どれも、組織を安定させるうえで欠かせない動きです。

ただ、次の段階で求められているのが、
• 前提そのものを問い直すこと
• あえて未整理な問いを差し出すこと
• まだ答えのない方向性を示すこと

だとしたら、
これまでと同じやり方では、
どこか噛み合わなくなってくることがあります。

慣性は、怠慢ではなく「誠実さ」から生まれる

「役割の慣性」という言葉を使うと、
惰性や保身のような印象を持たれるかもしれません。

けれど、実際の対話では、
むしろ逆の印象を受けることが多いです。
• 組織を混乱させたくない
• 周囲の努力を無駄にしたくない
• 軽率な判断をしたくない

そうした 誠実さ があるからこそ、
人は慎重になります。

ですから、ここで起きているのは、
「変われない人」の話ではありません。

変化に対して、きちんと責任を感じている人
に起きやすい現象だと、ぼくは見ています。

役割が変わるとき、いちばん難しいのは「やめ方」

新しい役割に移るとき、
人はつい「何を始めるか」に意識が向きがちです。

けれど実際には、
何をやめるか のほうが難しい場合が多くあります。

たとえば、
• すべてを自分で把握しようとすること
• 正解を出そうとする姿勢
• その場をうまく収める役回り

これらは、
これまで自分を支えてきた大切な武器でもあります。

だからこそ、簡単には手放せません。

ただ、役割が変わる局面では、
それらが 次の役割への入り口を、結果として塞いでしまう
こともあります。

「殻を破る」とは、性格を変えることではない

上層部から語られる
「殻を破ってほしい」という期待は、
大胆になれ、強く主張しろ、という意味ではないことが多いです。

ぼくの経験では、それはむしろ、
• 視点の置きどころを変えること
• 自分が立つ位置を、半歩ずらしてみること
• これまでとは違う問いを引き受けること

を指しているように感じます。

つまりこれは、
性格の問題というより、
役割の置きどころの問題 なのだと思います。

この章のまとめ

第3章で見てきたのは、
なぜ慎重で誠実な人ほど、
次の一歩が見えにくくなることがあるのか、という構造です。

それは、怠慢でも、勇気不足でもありません。

役割に誠実であろうとするほど、
その役割から離れるのが難しくなる。

次の章では、
この慣性を無理に断ち切ろうとするのではなく、
どう扱っていけばいいのか。

「いきなり変わらなくていい」という前提で、
次の進み方を整理していきます。

第4章|それは停滞ではなく、「役割が切り替わり始めている」合図

ここまで読み進めてきて、
「それでも、やはり止まっているように感じる」
そんな感想を持たれた方もいるかもしれません。

仕事は回っている。
評価も大きく落ちてはいない。
未来像も、ある程度は描けている。

それなのに、
次の動きが、どうにもはっきりしない。

この状態を「停滞」と呼んでしまうと、
どうしてもネガティブな印象になります。

けれど、
ぼくが対話の中で感じているのは、
ここで起きているのは「止まっていること」ではなさそうだ
ということです。

見えている世界が、すでに変わり始めている

これまでと決定的に違ってきているのは、
「見えている範囲」そのものです。

以前は、
• どう改善すれば、うまく回るのか
• どこを整えれば、成果が出るのか

といった問いが、自然と立ち上がっていました。

ところが最近は、
• この組織は、どこに向かおうとしているのか
• 今の延長線で、本当に持続するのか
• 何を問い直す必要があるのか

といった、
もう一段、上流の問い が目に入ってくるようになります。

これは、能力が上がったから、というよりも、
役割の射程が変わり始めている
そう捉えたほうがしっくりくる場面が多いように思います。

今の役割では、扱いきれない問いが増えてくる

これまで担ってきた役割は、
• 正解を探すこと
• 最適解を選ぶこと
• 現実的に実装すること

を前提に設計されていました。

ところが今、
目の前に現れているのは、
• まだ正解が存在しない問い
• 組織の前提そのものを揺らす問い
• 答えを急ぐほど、ズレてしまう問い

です。

当然、
これまでのやり方では扱いにくく感じます。

だから違和感が生まれる。

けれどそれは、
能力の限界にぶつかっているからではありません。

役割の射程が、すでに広がり始めている
そのサインとして現れている可能性があります。

「前と同じやり方で進めない」ことは、後退ではない

この段階で、
多くの人が自分を責めてしまいます。
• 以前のような手応えがない
• 進んでいる実感が薄い
• 判断に時間がかかるようになった

そうした変化を、
「成長が止まった」と捉えてしまうことがあります。

ただ、別の見方もできそうです。

地図のスケールが変わっている
と考えると、どうでしょうか。

地図が拡大されれば、
一歩一歩は小さく見えます。

進んでいないように感じるのは、
扱っている領域が広くなっているから。
そう捉えることもできるのではないでしょうか。

役割が切り替わるとき、人は一度「鈍く」なる

役割が切り替わる局面では、
多くの人が一時的に動きづらさを感じます。

判断に時間がかかる。
即答を避けるようになる。
言葉を選ぶ時間が増える。

これは、
感覚が鈍くなったわけではありません。

これまでとは違う感覚を使い始めている
その途中段階として起きていることが多いのです。

新しい役割に必要な感覚は、
最初からはっきりしているものではありません。

だから一時的に、
「うまく動けていない」
そんなふうに感じてしまうことがあります。

この章のまとめ

第4章でお伝えしたかったのは、
次の点です。

今感じている違和感は、
止まっている証拠ではない
ということ。

それは、
役割が切り替わり始めた人にだけ現れる、
ごく自然なサインでもあります。

次の章では、
この移行期にいるとき、
いきなり行動を変えなくていい理由と、
まず整えておきたいものについて、
もう少し具体的に整理していきます。

第5章|いきなり行動を変えなくていい。まず整えるのは「問い」

ここまで読み進めてくると、
「では、何から変えればいいのだろうか」
そんな疑問が浮かんでくるかもしれません。

役割が切り替わり始めている。
違和感は、決して悪いものではない。
そこまでは、なんとなく腑に落ちてきた。

それでも、
日々の現実は待ってくれません。

だからこそ、
ここでひとつ、あらかじめ共有しておきたいことがあります。

この段階で、いきなり行動を変えなくてもいい。
ぼくは、そう考えています。

行動を急ぐほど、ズレが大きくなることがある

変化の気配を感じたとき、
人はつい「何かをしなければ」と思いがちです。

新しい施策を打つ。
役割を広げる。
思い切った提案をしてみる。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

ただ、
変化の輪郭がまだはっきりしていない段階での行動は、
かえって違和感を強めてしまうこともあります。

それは、
問いが整っていないまま、答えを出そうとする状態
に近いからかもしれません。

先に整えたいのは、「問いの置きどころ」

この移行期において、
まず必要になるのは、
行動計画よりも「問い」の整理です。

たとえば、こんな問いがあります。
• 今の役割の中で、私は何を最適化しているのか
• それは、これからの会社にとっても最適なのか
• 私が「踏み込まないことで守っているもの」は何だろうか
• 逆に、まだ引き受けていない問いは何だろうか

これらは、
すぐに答えが出る問いではないかもしれません。

けれど、
この問いを持ち続けることで、
「次にどこへ動くか」ではなく、
「どこに立てばいいのか」 が、
少しずつ見えてくることがあります。

問いが変わると、行動の意味も変わる

問いが変わると、
同じ行動でも、その意味合いが変わってきます。

たとえば、
• 会議で発言する
• 数字を見直す
• 人に問いかける

といった行動も、

「うまく回すため」ではなく、
「前提を見直すため」
という意味を帯びるようになります。

行動の数を増やす必要はありません。
行動の「質」が変わる のです。

「殻を破る」とは、劇的な変化のことではない

上層部から使われがちな
「殻を破ってほしい」という言葉は、
少し誤解を生みやすい表現でもあります。

大胆な決断をすること。
強く主張すること。
誰かを説得すること。

必ずしも、そういうことを指しているわけではありません。

ぼくの経験では、多くの場合、
• 問いのレベルを一段上げること
• これまで扱ってこなかったテーマを引き受けること
• 答えのない話を、場に出してみること

といった変化を意味しています。

つまり、
行動よりも先に、立ち位置が変わる
ということなのだと思います。

違和感を消そうとしない人から、次の流れは始まる

最後に、これだけはお伝えしておきたいことがあります。

違和感を、急いで消そうとしなくていい。
無理に納得しようとしなくてもいい。

その違和感は、
これまでの自分を否定するものではありません。

次の役割を引き受ける準備が、すでに始まっている
そのサインとして現れている可能性があります。

問いを持ち続けること。
すぐに答えを出さないこと。

それ自体が、
すでに変化の一部になっている。
ぼくは、そう感じています。

まとめ

今の仕事に、どこかハマりきらない感覚があるとしたら、
それは「足りない」からではないのかもしれません。

見えている世界が変わり、
引き受ける役割が変わり始めている
その途中にいるだけ、という可能性もあります。

その移行期にいるとき、
いちばん大切なのは、
正しく動こうとすることではありません。

正しい問いを、手放さずに持ち続けること。

部下に「やりたいこと」を聞いたのに、手応えが残らなかったときに起きていること

はじめに|ミッションと「やりたいこと」を重ねようとしたときに起きること

とある経営者のクライアントさんとのコーチングセッションで、
会社のミッションと、社員一人ひとりの
「やりたいこと」や「成長目標」を
どう近づけていくか、という話題になりました。

組織が向かおうとしている方向と、
そこで働く人それぞれの関心や成長が、
少しずつ重なっていくこと。
そして、社員自身が
「この会社に所属していること」を
自分の成長や自己実現につながるものとして
感じられている状態。

この考え方については、
コーチとしてさまざまな立場のビジネスパーソンと
対話を重ねてきた中でも、
また、かつて自分自身が会社員だった頃、
最もパフォーマンスが高かった時期を振り返ってみても、
強く共感するところがあります。

一方で、
この考え方を実際のマネジメントや
日々のコミュニケーションに落とし込もうとすると、

「想定と違うな」と立ち止まりそうになることがあります。

たとえば、

組織が向かおうとしている方向と、社員一人ひとりの関心や成長を重ねていくきっかけとして、
「どんなことをやっていきたい?」
と問いを投げかけてみたとき。

返ってくる答えが、
自分の中で思い描いていたものと
少し違って感じられることはないでしょうか。

歯車が噛み合っていないような、ちょっとした無力感が残る。

この記事では、
こうした場面を
「質問がうまく機能しなかった」と片づけるのではなく、
その場で何が起きていたのかを、
コーチの視点から少し外側に引いて
眺めてみたいと思います。

第1章|「どんなことをやっていきたい?」という問いを投げたとき

組織の方向性と、
社員一人ひとりの関心や成長を重ねていこうとするとき、
この問いはとても自然に浮かんできます。

「どんなことをやっていきたい?」

相手を尊重しているつもりもあるし、
急かしているわけでもない。
むしろ、その人自身の考えを知りたいという
素直な関心から出てくる問いです。

実際、その場のやり取り自体は、
表面的にはきちんと成立しています。
質問が投げかけられ、
それに対して、言葉が返ってくる。

ただ、その返答を聞いた瞬間に、
管理職の側にだけ、
小さな違和感が残ることがあります。

たとえば、こんな答えです。

「まだ、そこまで考えたことがなくて……」

あるいは、

「今は、とにかく目の前の仕事を
 しっかりやりたいと思っています」

または、

「会社に求められていることを
 ちゃんとやっていきたいです」

どれも、
失礼でもなければ、
的外れでもありません。
むしろ、真面目で、無難で、
その場としては“正しい”答えにも聞こえます。

それでも、どこかで
歯車が噛み合っていないような感覚が残る。

「聞きたかったのは、
 “あなた”がやりたいことだったんだけどな

そんな思いが、
言葉にならないまま、
胸の内に残ることがあります。

このとき起きているのは、
答えが足りない、ということではありません。

返ってきた言葉は、

今の関係性の中で、
その人が安心して出せる”ちょうどいい答え”
だった、というだけです。

未来の話を避けた、というよりも、
未来の話をするには、
まだ少し距離があった。

あるいは、
その問いが
「考えを広げる問い」ではなく、
「評価される問い」として
受け取られていたのかもしれません。

もちろん、その社員さんが
未来のことにきちんと向き合っていない、
ということもあるかもしれません。

ここで大事なのは、
このやり取りを
「問いが悪かった」「引き出せなかった」
と整理してしまわないことだと思います。

コーチの立場からこの場面を眺めると、
ここで表に出ているのは、
その人の意欲や主体性ではなく、

今、この関係性の中で
どこまでの話が”安全”と感じられているか
という情報です。

問いは、

答えを引き出すために投げられたけれど、
実際には、

関係性の現在地を
そのまま映し出している。

だからこそ、
あの「歯車が噛み合っていない感じ」は、
何かが足りなかったサインではなく、

次にどこを扱えばいいのかを
教えてくれている感覚

なのかもしれません。

第2章|対話を少し外側から眺めてみると

対話の渦中にいるとき、
管理職の意識はどうしても
「何を聞くか」「どう返すか」に向きがちです。

けれど、
あの歯車が噛み合っていないような感覚が残った場面を、
少しだけ外側から眺めてみると、
違うものが見えてきます。

ぼくが、歯車が噛み合っていないような感覚がある時に
注目するのは、
返ってきた答えの中身そのものではないことが多いです。

どちらかというと

安心して回答できていない状態に、
注意が向けられます。

こうした要素は、
本人が意識してコントロールしているというよりも、

その関係性の中で自然に立ち上がってくるもの
であることがほとんどです。

たとえば、
未来の話になった瞬間に、
言葉が少し抽象的になる。
主語が「自分」から
「会社」や「求められていること」に
すっと移る。

あるいは、
考えながら話しているというより、
安全そうな言葉を
選びにいっているように感じられる。

それは、
考えていないからでも、
やる気がないからでもありません。

その距離感では、
そこまで踏み込まなくてもいい

と、身体が判断している状態
とも言えます。

また、
問いを投げた側が
評価する立場や、
何かを決める立場にあるとき、
本人にその意図がなくても、
場はわずかに緊張を帯びます。

このとき、問いは
「考えを広げるためのもの」ではなく、

「どう答えるのが無難か」を
探らせてしまうことがあります。

人は、
安心していない場で
わざわざ不確かな未来の話を
深く掘り下げようとはしません。

だから、
対話が浅くなったり、
言葉が無難になったりするのは、
個人の資質や姿勢の問題というよりも、

場と関係性がそうさせている

と捉えることができます。

ここで大切なのは、
この場面を通して、

今はどんな話題までなら安心して扱えるのか
どんな前提があれば、もう一歩踏み込めそうなのか

そうした情報が
静かに立ち上がっている、
という点に目を向けることです。

対話を少し外側から眺めると、
見えてくるのは

関係性の状態。

そして、
その状態が見えてきたとき、
次にどんな関わり方を選ぶか。
その選択肢が、
少しだけ増えていきます。

第3章|「やりたいこと」は、引き出すものなのか

ここまで見てきたように、
「どんなことをやっていきたい?」という問いが
想定どおりに展開しない場面では、
問いそのものよりも、
その場の関係性や状態が
大きく影響していることがあります。

このとき、
管理職や関わる側が
無意識に考えてしまうのが、
「どうすれば、やりたいことを引き出せるのだろうか」
という問いです。

けれど、
コーチの立場から対話を見ていると、
少し違う見え方をすることがあります。

「やりたいこと」は、
質問によって
どこかから取り出すもの、
というよりも、

状態が整った結果として、
自然に輪郭を持ってくるもの

のように見えるからです。

安心して話せているとき、
評価される心配が薄れているとき、
今すぐ決めなくていいと
身体が感じているとき。

そうした状態の中では、
本人もまだ言葉にしきれていなかった関心や違和感が、
会話の途中で、
ぽつりと現れることがあります。

それは、
最初から明確な形をしているとは限りません。
• なんとなく気になっていること
• 最近、少し引っかかっている出来事
• 得意とも不得意とも言い切れない感覚

そうした断片が、
対話の中で少しずつ並び、
あとから振り返ったときに
「あれが、やりたいことの芽だったのかもしれない」
と見えてくる。

こう言った場面での
「やりたいことを聞く」という行為は、
答えを得るためというよりも、

その人の関心に、
ご本人が、そして組織が
踏み込む準備が出来ているかどうかを
確かめる行為である

と感じます。

だからこそ、
問いに対して
はっきりした答えが返ってこなかったとしても、
それは、
まだ言葉にする段階ではなかった。
あるいは、
その問いが向けられた文脈では、
そこまで踏み込む必要を
感じていなかった。

ただ、それだけのことです。

「やりたいこと」を
無理に言語化させようとすると、
対話はどこかで窮屈になります。

一方で、
今はどんな話題なら
安心して扱えるのか。
どんな前提があれば、
もう一歩、内側の話に近づけそうなのか。

そうした状態に目を向けていると、
結果として、
その人自身の言葉で語られる
関心や方向性が、
あとから立ち上がってくることがあります。

問いは、
答えを引き出すための
道具というよりも、

状態を確かめ、
関係性と文脈が
そこに踏み込めるかどうかを見極めるためのもの

そう捉えてみると、
「やりたいことを聞く」という行為の意味も、
少し違って見えてくるかもしれません。

第4章|関係性を少し調整すると、対話の質が変わる

ここまで見てきたように、
「やりたいこと」をめぐる対話が
思ったように進まない場面では、
問いの内容そのものよりも、
その場にある関係性や前提が
大きく影響しています。

では、
その関係性を「変える」必要があるのかというと、
必ずしもそうではありません。

多くの場合に起きているのは、
少しズレた前提のまま会話が進んでいる
という状態です。

たとえば、
• 今は決める場なのか、考える場なのか
• 評価が行われる文脈なのか、探索の文脈なのか
• 会社の話をしているのか、個人の話をしているのか

こうした前提が、
共有されないまま混ざっていると、
対話はどこか噛み合わなくなります。

このとき、
大きな働きかけをしなくても、
関係性を「少しだけ調整する」ことで、
対話の質が変わることがあります。

たとえば、
今すぐ結論を出す場ではないことを
あらかじめ共有する。
今日の話が、
評価や配置に直結するものではないと
言葉にしておく。

あるいは、
「正解を出す話ではなく、
 考えを並べる時間にしたい」
と、場の目的を揃える。

それだけで、
相手の話し方や、
言葉の選び方が
少し変わることがあります。

これは、
相手を変えたというよりも、

安心して話してもいい範囲が少し広がった

という変化です。

関係性の調整とは、今、
どこまでの話なら扱えるのか。
どんな前提が共有されているのか。

その輪郭を、
ほんの少し明確にすることです。

そうして場が整うと、
それまで語られなかった関心や違和感が、
自然と話題に上がることがあります。

「やりたいことを聞こう」と
力を入れなくても、
その人の言葉で、
少しずつ方向性が語られ始める。

その変化は、
劇的ではありません。
けれど、
対話の質としては、
確かに違うものになります。

関係性を扱うというのは、
相手の内面に踏み込むことではなく、

対話が行われている”場”を
丁寧に整えること

そう考えると、
管理職が担っている役割も、
少し違って見えてくるかもしれません。

第5章|問いが投げられる前から、対話は始まっている

ここまで振り返ってみると、
「やりたいことを聞く」という問いそのものが、
対話の成否を決めていたわけではないことが
見えてきます。

問いが投げられる前に、
すでに場には空気があり、
関係性があり、
共有されている前提があります。

その状態の上に、
問いが置かれる。

だから、
同じ問いであっても、
返ってくる言葉や、
対話の手応えは変わってきます。

歯車が噛み合っていないように感じたとき、
その原因を
「問いの選び方」や
「聞き方」に求めたくなるのは、
とても自然なことです。

けれど、
その違和感はもっと手前で
すでに形を持っていたようにも感じられます。

今は、
決める場なのか。
考える場なのか。

評価が関係する文脈なのか。
探索が許されている文脈なのか。

会社の話なのか。
個人の話なのか。

そうした前提が、
言葉にされないまま混ざっていると、
問いは自然と
「どう答えるのが無難か」を
探らせるものになります。

それは、
誰かが間違えたからではありません。
その場が、
そうした対話を生みやすい状態だった、
というだけです。

対話を扱うというのは、
相手の内面に踏み込むことでも、
正しい問いを探し当てることでもありません。

問いが投げられる前に、
どんな場が出来ているかに目を向けてみる

どこまでの話が扱われそうか。
どんな前提が共有されていそうか。
今は、どんな温度の時間なのか。

そこに意識が向くと、
問いの役割も
少し違って見えてきます。

問いは、
何かを引き出すためのスイッチというより、
すでに始まっている対話の流れを
そっと確かめるためのもの。

そう考えると、
思ったような答えが返ってこなかった場面も、
違う意味を持ち始めます。

それは、
失敗でも、停滞でもなく、

今の関係性や場の状態が
そのまま現れた一瞬

だったのかもしれません。

問いが投げられる前から、
対話は始まっている。

そう捉えてみると、
管理職として、
あるいは誰かと関わる立場として、
自分が向き合う対象も、
少し静かに、
広がっていくように感じられます。

相手の回答がつくる、
あなたの中の感覚には、
どんな意味があるでしょうか。

納得しているはずのキャリアに、なぜか引っかかる——専門性を活かし続けたい人へ

1|ふと立ち止まってしまう理由

これは、今の役割やポジションに一定の納得感を持ちながらも、
その延長線にある未来を思い浮かべたとき、
ふと立ち止まってしまう人のための文章です。

今のポジションや役割に、不満があるわけではありません。
むしろ、納得感はある。

自分に求められていることも理解しているし、
その期待に応えられている実感もある。
これまで積み上げてきたキャリアとしても、
「順当に来ている」と言っていい状態です。

さらに言えば、
この延長線上にある自分の未来も、ぼんやりではなく描けています。

3年後、
どんな役割を担っていて、
どんな立場で、
どんな仕事をしているのか。

想像がつかないわけではない。
むしろ、かなり具体的にイメージできる。

それでも、です。

納得している現状の延長線上にあるはずなのに、
その未来を思い浮かべたとき、
ふと、こんな感覚がよぎる。

「……それで、いいんだっけ?」

大きな違和感ではありません。
強い拒否感があるわけでもない。

ただ、
その未来に進む自分を想像したとき、
心のどこかが、静かに引っかかる。

ここが少し、厄介なところです。

今の状況に不満がないからこそ、
この引っかかりを「贅沢な悩み」や
「考えすぎ」と片づけてしまいやすい。

合理的に考えれば、
今の選択は間違っていない。
むしろ、安全で、確率の高い道です。

それでもなお、
その未来に全面的にうなずけない自分がいる。

この立ち止まりは、
キャリアがうまくいっていないサインではありません。

むしろ、
これまでの選択に納得してきた人だからこそ、
次の問いが立ち上がってきている状態です。

「この先も、同じ基準で選び続けていいのか」
「自分が大事にしたいものは、もう少し別のところにあるんじゃないか」

続く章では、
この感覚が個人の気分や性格ではなく、
組織の中で役割を重ねてきた人ほど感じやすい理由を整理していきます。

2|専門性を活かし続けたい人ほど、立ち止まる問い

ここで生まれている違和感は、
「もっと上に行きたい」という上昇志向から来ているものではありません。

むしろ、今後も
• 自分の専門性を軸に価値を出したい
• 現場感覚を失わずに、仕事をしたい
• 専門領域での信頼や影響力を高めていきたい

という、まっすぐな欲求から来ています。

そして、その欲求があるからこそ、
ひとつの問いが立ち上がります。

「専門領域での信頼や影響力を高めるには、
 上位職層に上がるしかないのだろうか?」

多くの組織では、
影響力はポジションと結びついています。

肩書きが上がれば、発言は通りやすくなる。
意思決定に関われる範囲も広がる。
それ自体は、合理的です。

でも、ここにもうひとつ、
見過ごしにくい現実があります。

上位職層に近づくほど、
意思決定が“きれいなロジック”だけでは動かなくなる。
• 判断の基準が曖昧なまま決まっていく
• 空気や感情で、結論が左右される
• 本質からズレた評価や称賛が通ってしまう

そういう場面が増える。

(もちろん、すべてがそうだと言いたいわけではありません。
ただ「そういう決まり方が起きやすい領域がある」のも事実です。)

このタイプの違和感を持つ人は、
単純に“感情が苦手”なのではありません。

むしろ逆で、
自分の判断基準を大切にしてきた人です。
• 目的に沿っているか
• 本質的な価値に近いか
• それは再現できるか
• 説明できるか

そういう軸で仕事を積み上げてきた。

だからこそ、
曖昧な基準に迎合していく感覚が、苦しい。

ここで起きるのは、
昇進への抵抗というより、
“自分の専門性の使われ方”への抵抗です。

上位職層に行けば影響力は増す。
でも、その影響力は

「専門性で勝負する影響力」ではなく、
「空気を読んで通す影響力」になってしまうかもしれない。

そう感じた瞬間に、問いが変わります。

「私は、影響力を高めたい。
でも、それは“迎合のスキル”を高めたいという意味ではない。」

だから、ここまで読んでいるあなたの中でも、
もしかするとこんな感覚が芽生えているかもしれない。

「今の職層のまま、
専門領域での信頼や影響力が高まる道があるなら、
その方がいい。」

これは現状維持でも、逃げでもありません。
むしろ、かなり誠実で、戦略的な選択肢です。


次の章では、ここをさらに整理します。
• なぜ組織は「影響力=肩書き」に寄りやすいのか
• そして、肩書きを上げずに“専門性で影響力を増やす”道はあるのか
(あるとしたら、どんな条件と設計が必要なのか)

このあたりを、現実的に分解していきます。

3|影響力は「肩書き」だけで増えるわけじゃない

──専門性で信頼を積み上げるための3つの設計

まず整理しておきたいのは、
多くの組織で 「影響力=肩書き」になりやすい理由です。

これは、誰かの意図というより、
組織の構造として自然に起きています。
• 意思決定を速くするため
• 責任の所在を明確にするため
• 調整コストを下げるため

その結果、
上位職層に権限と影響力が集まっていく。

つまり、
**影響力が肩書きに紐づくのは“仕組み”**であって、
個人の優劣の話ではありません。

ただし、ここでひとつ、
見落とされがちなことがあります。

それは、
すべての影響力が、同じ質ではないという点です。

① 肩書きによる影響力

• 決裁権がある
• 発言が通りやすい
• 組織を動かせる

これは確かに強い。
でも同時に、
判断基準が曖昧になりやすい領域でもあります。

空気、感情、政治的配慮。
専門性とは別の要素が、
意思決定に混ざりやすくなる。

② 専門性による影響力

一方で、別の影響力もあります。
• 判断に迷ったとき、相談される
• 難しい局面で名前が挙がる
• 「その分野ならこの人」と認識されている

こちらは、
肩書きがなくても成立します。

そして多くの場合、
判断の質そのものに影響を与える力です。

ここで重要なのは、
この問いを持つ人の多くが求めているのは、
①ではなく、②だという点です。

専門性に裏打ちされた信頼としての影響力

では、その影響力は、
どうすれば高めていけるのか。

ポイントは3つあります。

設計①|「専門性の射程」を自分で定義する

専門性は、
「詳しいこと」ではありません。
• どの範囲までなら責任を持って判断できるのか
• どのレベルの問いに答えられるのか

この“射程”が曖昧だと、
影響力も曖昧になります。

逆に言えば、
射程が明確な人ほど、相談される

設計②|成果ではなく「判断」を共有する

専門性による信頼は、
成果そのものよりも、

「どう考えて、その判断に至ったか」

ここに宿ります。
• 何を捨てたのか
• どこを重視したのか
• なぜその選択をしたのか

これが見える人は、
肩書きがなくても、影響力を持つ。

設計③|迎合しない代わりに、説明を手放さない

迎合しないことと、
距離を取ることは違います。

専門性で影響力を持つ人は、
• 空気に合わせない
• でも、黙らない
• 感情に流されない
• でも、説明は惜しまない

この姿勢を保っています。

だからこそ、
「最終判断は別でも、
 この人の意見は聞いておこう」
というポジションが生まれる。

ここまで来ると、
問いはこう変わります。

「上位職層に行くしかないのか?」
ではなく、

「私は、どの質の影響力を高めたいのか?」

肩書きを上げるかどうかは、
その後に考えればいい。

先に決めるべきなのは、
自分の専門性を、どこで、どう使いたいのかです。

次の章では、
この選択をするときに多くの人が感じる
• 「それって評価されないのでは?」
• 「キャリアとして遠回りでは?」

という不安について、
現実的に整理していきます。

4|それでも不安になる理由

──評価とキャリアの“現実”との向き合い方

ここまで読んで、
頭では納得できている人もいると思います。

「肩書きだけが影響力じゃない」
「専門性で信頼を積み上げる道もある」

確かに、そうだ。
理屈としては、わかる。

それでも、
心のどこかで、こんな声が残る。

「でも、それってちゃんと評価されるんだろうか?」
「キャリアとして、遠回りにならないだろうか?」

この不安は、とても現実的です。

なぜなら、
多くの組織の評価制度は、
依然として“役職”を基準に設計されているから。
• 肩書きが上がる
• 管掌範囲が広がる
• 人をマネジメントする

こうした変化は、
評価シートにも、説明資料にも、
とても書きやすい。

一方で、
• 判断の質が高まった
• 難しい局面での相談が増えた
• 専門的な意思決定の成功確率が上がった

こうした価値は、
数字にも肩書きにも、表れにくい。

だから、不安になる。

「私はちゃんと前に進んでいるのか?」
「この選び方は、評価の文脈に乗っているのか?」

これは、
自信がないからではありません。

むしろ、
現実を見ているからこそ生まれる不安です。

ここで一度、
問いを整理しておく必要があります。

それは、

「評価されるかどうか」

「価値を出しているかどうか」
は、必ずしも一致しない、という事実。

短期的には、
評価は肩書きに引っ張られやすい。

でも中長期で見ると、
組織は必ず“頼れる人”に依存し始めます。
• 判断がブレない人
• 修正が効く人
• 本質を外さない人

この依存は、
評価制度よりも先に起きる。

もうひとつ、不安の正体があります。

それは、
「この選択は、説明しづらい」という感覚。

昇進を目指す、
という選択は説明しやすい。

でも、

「今の職層のまま、
 専門性で影響力を高めたい」

これは、
意図を言語化しないと、
誤解されやすい。
• 向上心がない
• 変化を避けている
• 現状維持に見える

そう見られる可能性がある。

だから、不安になる。

ここで重要なのは、
選択そのものよりも、説明の設計です。

専門性による影響力は、
「黙っていれば伝わる」ものではありません。
• どの領域で
• どんな価値を
• どんな判断基準で出しているのか

これを言葉にしない限り、
評価の文脈には乗らない。

逆に言えば、
ここを丁寧に設計できれば、
肩書きがなくても評価はついてくる。

不安が消えないのは、
間違った道を選んでいるからではありません。

評価の仕組みと、
 自分が出したい価値のズレを、
 まだ調整しきれていないだけです。

次の章では、
このズレを埋めるために、
• どんな言葉で
• どんな粒度で
• どんなタイミングで

自分の専門性と価値を
周囲に共有していけばいいのか。

「影響力を可視化する」ための考え方
を整理していきます。

5|肩書きに頼らず、専門性で影響力を持つ人がしていること

肩書きに頼らずに影響力を持つ人は、
特別な才能があるわけでも、
派手な自己主張をしているわけでもありません。

彼らがやっているのは、
とても地味で、でも一貫したことです。

1|「意見」ではなく「判断」を差し出している

専門性で信頼を得ている人は、
単に意見を言いません。

代わりに、
判断の材料と、判断の軸を差し出します。
• 何を前提にしているのか
• どこを重視しているのか
• どこはあえて捨てているのか

だから、たとえ結論が採用されなくても、
「考え方」は残る。

結果として、
次に迷ったときに、
また声がかかる。

2|迎合しない代わりに、対話を手放さない

専門性で影響力を持つ人は、
空気や感情に迎合しません。

でも、
距離を取って黙り込むこともしない。
• 納得できない点は、丁寧に言葉にする
• 感情的にならず、理由を説明する
• 反対意見があっても、対話の席には残る

この姿勢が、
「扱いづらい人」ではなく
「信頼できる人」という評価につながっていく。

3|自分の専門性を“翻訳”している

専門性は、そのままでは伝わりません。

影響力を持つ人は、
自分の専門を、
• 今この組織では、どう役立つのか
• どんな意思決定の質を高めるのか
• どんなリスクを減らすのか

という言葉に翻訳しています。

だから、
専門性が「個人の強み」で終わらず、
「組織にとっての資産」になる。

4|評価を待たずに、価値を可視化している

評価制度が追いつくのを、
ただ待つことはしません。
• 判断プロセスを共有する
• 検討の論点を整理して残す
• 専門領域での成功・失敗を言語化する

こうして、
自分が出している価値を、
周囲が“見える形”にしていく。

これは自己アピールではありません。
誤解されないための設計です。

5|「どの職層にいるか」より「どこで信頼されているか」を見る

肩書きに頼らない人は、
自分の現在地を、こう測っています。
• 誰が、どんな場面で相談してくるか
• どんな判断を期待されているか
• どんな領域で名前が挙がるか

職層ではなく、
信頼の集まり方を見る。

これができると、
昇進する・しないの選択も、
恐れではなく、戦略で決められるようになります。

ここまで読んで、
こう感じているかもしれません。

「それでも、やっぱり不安は残る」

それでいいと思います。

この選択は、
わかりやすい正解がある道ではありません。

でも少なくとも、
こう言える状態にはなっているはずです。

「私は、
 何を大切にして影響力を持ちたいのか」

肩書きを上げることは、
いつでも選べます。

でも、

専門性で信頼を積み上げる時間は、
意識しないと失われていく。

だからこそ、
今この問いが立ち上がっている。

それは、
迷っている証拠ではなく、
自分のキャリアを
ちゃんと引き受けようとしている証拠です。

答えを出さなくていい。
ただ、この問いを持ったまま、
日常に戻ってみてください。

次に立ち止まるとき、
きっと、見え方が少し変わっています。

PAGE TOP