――とある営業所長との対話から見えた、“信頼の空気”をつくるふたつの鍵
第1章 はじめに
「所内の空気は悪くないし、売上も上がっています。
でも…どこかに“温度差”がある気がするんです。」
そんな言葉から始まった、とある営業所長とのコーチングセッション。
その方はこれまで複数の営業所で経験を重ね、今年4月に現在の営業所に着任しました。
プレイヤーとして結果を出しながら、育成にも真剣に取り組んできた方です。
今回の営業所でも、数字は安定しており、外から見れば順調に見えます。
しかし、着任から数週間、所内を丁寧に観察する中で、
少しずつ“見えない課題”に気づきはじめました。
「課をまたいだ連携が弱い気がする」
「非営業部門の動きに、やや“やらされ感”がある」
「報告や会議はあるけれど、行動の芯が揃っていない感じがする」
こうした感覚は、制度や仕組みの問題というよりも、空気の問題です。
表には見えにくいけれど、確実に営業所全体の力に影響しているものだと感じさせる内容でした。
その違和感に、正面から向き合おうとする姿勢に、
コーチとしての私も強く共感しました。
コーチングセッションを進めていく中で、とある営業所長の中に少しずつ浮かび上がってきたのが、
「ありがとうをもっと増やしたい」
「数字をもっとオープンにしていきたい」
という、ふたつのキーワードです。
どちらもシンプルな言葉ですが、
背景には「この営業所を、もっと信頼でつながった場所にしたい」という思いがありました。
この記事では、とある営業所長とのコーチングセッションを通じて見えてきた、
営業所全体を“信頼で動く組織”に育てていくための具体的なヒントを、
コーチとしての視点からお伝えしていきます。
⸻
第2章|数字を全所員と共有する──“営業所のひとつの船”としての自覚を育てる
コーチングセッションの中で、このクライアントさんはこんな話をしてくれました。
「営業のメンバーは、自分の数字とか、自分の課の数字にはちゃんとこだわるんです。
でも、“営業所全体の数字”に対しては、あまり関心がないというか…
そこへのこだわりが、もう少し欲しいなと思ってるんですよね。」
そしてもうひとつ。
「非営業のメンバーにも、もっと“数字への意識”を持ってもらいたい」とも話してくれました。
これは、営業所という単位でマネジメントをしていく上で、非常に本質的な課題だと感じました。
個人や課が目標に向かって努力する姿勢はもちろん大事です。
でも、それだけでは営業所全体の一体感や連携は生まれてきません。
⸻
営業所という「ひとつの船」を意識できるか
営業所は、ひとつのチームではなく、複数の課や機能が集まった集合体です。
それぞれが目標に向かって動いているからこそ、
全体を“ひとつの船”として動かしていくには、意識のベクトルを揃える必要があります。
クライアントさんはこう話していました。
「自分の数字は気にする。自分の数字をやっていれば営業所の数字はなんとかなるだろうってなりがちなんです。」
この“他人任せの空気”を変えていくためには、
やはり営業所全体の数字を「見える化」していくことが大切です。
・今、営業所はどんな状況なのか?
・どこに強みがあって、どこに弱点があるのか?
・数字の意味や背景を、全体で共有できているか?
数字の見せ方を工夫することで、営業所内に「共通言語」を育てていくことができます。
⸻
非営業メンバーの“数字感覚”を育てる
クライアントさんがもうひとつ強く望んでいたのは、
非営業メンバーにも“数字へのこだわり”を持ってほしいということでした。
でも、非営業の立場からすると、
「自分の仕事が数字とどうつながっているか」は見えにくいものです。
だからこそ、所長であるクライアントさんが、そのつながりを丁寧に言葉にしていくことが求められています。
・この仕事が、どういう数字に影響しているのか
・それが営業所にとって、どんな意味を持つのか
・その一手が、営業所の“力”をつくっていること
情報をただ共有するだけでなく、「腹落ち」してもらうことが大切です。
⸻
全員が“同じ数字”を見ているという感覚
クライアントさんは今後、営業所会議の場で、
経営の数字を全所員と共有していく予定です。
もちろん、細部まで細かく開示するわけではありません。
けれど、「この営業所は今こういう状況にある」
「この目標を達成するには、こういう力が必要なんだ」
というメッセージを、自分の言葉で伝えていくつもりだそうです。
数字を開示するのは、管理や評価のためではなく、
“一緒に動いていくための言葉”を整えることなのだと感じます。
全員が「自分の数字」「自分の課の数字」だけでなく、
「営業所全体の数字」も“自分ごと”として見られるようになったとき、
ようやく営業所は“組織としての力”を発揮しはじめるのではないでしょうか。
⸻
次章では、もうひとつのキーワード「ありがとう」を通じて、
“関係性の空気”をどう整えていくかを掘り下げていきます。
⸻
第3章|“ありがとう”が自然に生まれる営業所とは?
前章でお伝えしたように、このクライアントさんは、営業所全体のベクトルを揃えるために、
まず「数字を全所員と共有する」ことに取り組もうとしていました。
営業のメンバーは自分や課の数字には強くこだわる一方で、
営業所全体の数字には無関心になりがち。
また、非営業のメンバーは数字とのつながりを実感しづらく、当事者意識を持ちにくい。
そこで、数字を“見える化”し、みんなで同じ方向を向けるようにする――
このアプローチは、所長としての意思ある一歩でした。
けれど、コーチングセッションのなかでぼくと対話を重ねていく中で、
クライアントさんは、ふとこうつぶやきました。
「数字を共有すれば、確かに意識はそろうかもしれません。
でも、それだけで営業所が一体感を持って動けるようになるとは思えなくなってきました。」
⸻
数字で方向をそろえるだけでは、心のベクトルを揃えることは難しい
クライアントさんが感じていたのは、
「全体の目標はある。でも、個々の行動や関わりには“温度差”がある」という感覚でした。
そのとき、以前から頭の片隅にあったキーワードが、再び浮かび上がってきました。
それが――**「感謝される営業所」**です。
この言葉を思い出したとき、クライアントさんの中で、ある確信が生まれました。
お客様に「ありがとう」と言われる組織になるためには、まず自分たちが、互いに積極的に感謝を表現する必要がある。
「感謝される営業所」の第一歩は、営業所のなかで『ありがとう』が自然に飛び交う空気をつくることだ――
そんな考えに至ったのです。
⸻
「ありがとう」は、感情のベクトルをそろえる
クライアントさんは言います。
「ありがとうって、気づいたときに自然に出る言葉じゃないですか。
でも、その“気づき”自体が、今ちょっと薄れている気がするんです。」
ありがとうの言葉が自然に出てくるようになるためには、
お互いの動きや思いを“見る”力が必要です。
そしてその根っこには、「この場所を良くしたい」「一緒にやっていきたい」という
感情の方向性=ベクトルの一致があります。
⸻
感謝を“増やす”というマネジメント
クライアントさんは、感謝の言葉を増やすことを、
単なる“雰囲気づくり”とは捉えていませんでした。
むしろ、それを営業所の基礎力を上げるアプローチだと考えています。
・小さな気づきを見逃さない
・役割や立場を超えて声をかけ合う
・「助かった」「ありがたい」をためらわずに言葉にする
こうしたことが日常的に行われるようになると、
数字や制度では生まれにくい“関係性の信頼”が育っていきます。
⸻
「ありがとう」が飛び交う営業所にしたい。
その思いは、どんなマネジメント手法よりも、
このクライアントさんのあり方そのものを体現しているように感じました。
次章では、このような空気を営業所全体に広げていくために、
どんな“仕掛け”が考えられるのかをご紹介していきます。
⸻
第4章|言葉を空気に変えていくための「仕掛け」
「営業所のなかに“ありがとう”が飛び交う空気をつくりたい」
そんな思いを口にしたこのクライアントさんの言葉を受けて、
ぼく自身も、感謝の言葉が自然と交わされる組織にはどんな共通点があるのかを改めて考えていました。
その中で浮かんできたのが、「仕掛け」というキーワードです。
“いい雰囲気になったら感謝が増える”のではなく、
意図して空気をつくるための導線を用意することが必要なのではないかと。
⸻
雰囲気ではなく、仕掛けで空気をつくる
「ありがとう」は、自発的な言葉だからこそ力を持ちます。
でも、それを職場で自然に交わし合うには、ちょっとしたきっかけや仕組みがあった方がいいと感じています。
たとえば──
•面談や振り返りの場で「感謝したこと・されたこと」を言葉にする時間をつくる
•チャットやホワイトボードに“ありがとうメモ”を貼れるスペースを設ける
•定例の営業所会議に「今週のありがとう」という一言共有コーナーをつくる
こうした“動線”があるだけで、感謝の言葉は少しずつ日常に溶け込んでいきます。
⸻
感謝は「言おう」ではなく「言いたくなる」をつくるもの
「ありがとう」は強制できません。
むしろ、「感謝すべきことを探さなきゃいけない」となると、言葉が軽くなってしまうこともあります。
だからこそ大事なのは、自然と感謝したくなる空気をつくること。
そのためには、“誰かが見てくれている”“自分も誰かを見ている”という相互の関心が必要です。
仕掛けの役割は、その“最初の一歩”を後押しすることにあると、ぼくは考えています。
⸻
そして、所長が動き方で語る
どんな仕掛けも、“誰がどう動くか”によって意味が変わります。
クライアントさんは、それをよく理解していました。
仕掛けを用意するだけでなく、
所長自身が一番最初に「ありがとう」を口にし、形にしていく――
その姿勢そのものが、組織へのメッセージになるのだと思います。
「ありがとう」の出発点に、自分がなる。
そのリーダーシップのある姿勢は、周囲の信頼と空気を確実に変えていく力を持っています。
⸻
“言葉を空気に変える”。
そのためにできる工夫は、決して大げさなものである必要はありません。
けれど、そこに意図があるかどうかで、営業所の未来は大きく変わると、ぼくは信じています。
次章では、ここまでの対話や気づきを踏まえて、
このクライアントさんが取り組もうとしている営業所マネジメントの“今とこれから”を整理していきます。
⸻
第5章|「信頼で動く営業所づくり」の今とこれから
ここまで書いてきたように、このクライアントさんは、
営業所を“信頼で動く組織”へと少しずつ変えていこうとしています。
その取り組みは、派手さこそありませんが、
現場で日々のリアルと向き合いながら、一歩ずつ“空気の質”を変えていく営みです。
⸻
取り組みの3つの柱
現在、営業所で進めようとしている取り組みは、大きく分けて3つの柱で構成されています。
① 数字の共有で、見ている方向をそろえる
営業や課の数字だけでなく、営業所全体の状況や経営的な観点も丁寧に共有していくことで、
メンバー一人ひとりが“営業所の一員”としての意識を持てるようにする。
② 感謝の言葉で、関係性の温度を上げる
「ありがとう」が自然と出てくるような関係性を、所内に少しずつ育てていく。
感情のベクトルをそろえることで、行動のベクトルにも影響が生まれていく。
③ 所長が仕掛け人として動く
場の空気は、自然発生するものではなく、意図してつくっていくもの。
その出発点に立つのが所長自身であり、日々の姿勢やふるまいこそが最大のメッセージになる。
⸻
“マネジメントとは、空気をつくること”
コーチとしてこのクライアントさんと関わる中で、
ぼく自身が改めて実感したことがあります。
それは――**マネジメントとは、“人を動かすこと”ではなく、“空気を整えること”**だということです。
制度や仕組みを整えても、思うように人が動かないのはよくある話です。
でも、関係性の空気が変わると、言葉の届き方も、行動の変化も、まるで違ってきます。
このクライアントさんのように、
目の前のチームや所の“空気”に意識を向け、より良い組織にしていこうとする姿勢は、
とても誠実で、実践的なマネジメントのあり方だと感じています。
⸻
「できることからやる」ことの力
最後に強調しておきたいのは、
このクライアントさんが決して完璧な状態を目指しているわけではない、ということです。
大きな改革でも、制度の見直しでもなく、
「できることからやる」というシンプルな行動こそが、営業所の空気を変える原動力になっています。
だからこそ、同じようにマネジメントに悩む方々にとっても、
こうした取り組みは“特別なこと”ではなく、すぐにでも始められる現実的な一歩として響くのではないでしょうか。
⸻
おわりに
この記事は、あるクライアントさんとのセッションを通じて見えてきた、
“信頼で動く営業所”へのヒントを整理したものです。
現場を預かる責任と孤独の中で、
「どうしたらうまくいくか」ではなく「どうしたら信頼が育つか」を考え続ける。
そんな所長の姿に、ぼく自身もたくさんエネルギーをいただきました。
組織が変わるきっかけは、いつも“小さな気づき”と“丁寧な実践”から始まります。
もしこの文章が、誰かのその一歩の背中をそっと押せたなら、これ以上うれしいことはありません。